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番外編『猫パンチなんて痛くない!』

「何だよ、それ」  玄関の扉を開くと同時に、冷めた声が飛んでくる。対面に立っているのは小柄な少年だった。目つきが少々鋭いが、整った顔立ちをしている。大きな双眸はふてぶてしそうな光を灯していて、例えるなら猫のような少年だった。  その少年は自分が小脇に抱いている「生物」を睨み付けていた。  「猫」と答えて、涼はふわふわの生物を胸の前に掲げた。みゃあ、とまるで自己紹介するように猫も鳴く。すると、少年は目つきを鋭くして、ますます不機嫌そうな顔をした。 「見りゃわかるっつーの。何でここにいるのか聞いてんだよ、アホ」 「親戚が旅行に行くから、その間、預かってほしいってさ」 「……ふーん」  興味が失せたとばかりに、少年――拓海はずかずかと家の中に入ってくる。  拓海と涼は幼なじみだった。家同士も近く、用が無くてもお互いの家を行ったり来たりしている。  涼もリビングへと入り、抱えていた猫を床へと下ろした。猫はすばやく走っていって、拓海の脚へとまとわりつく。成長途中の小さな猫だ。全身は真っ白で、手足だけが靴下を履いているかのように黒い。  子猫は拓海の足にじゃれて、甘噛みをする。「鬱陶しい!」とか怒り出すんだろうか、と涼が心配になっていると。 「おい、こら。食い物じゃねえよ」  意外にも、穏やかな声が聞こえてくる。そこにはいつもは滅多に見ることができない笑顔があった。優しげに目を細めて、拓海がしゃがみこむ。そして、指で猫をじゃらし始めた。 「拓海。猫、好きだったんだ」  涼がそう聞いてみると、 「…………別に?」  拓海はちょっとむっとした表情で顔を背ける。  しかし、その後の拓海はいつもよりも機嫌が良かった。ソファーに腰掛けると、子猫がすかさず拓海の膝の上に乗る。拓海は猫の背をゆったりと撫でてやっている。猫を見つめる眼差しは穏やかで、わずかに甘い。  ――その優しさの十分の一でも俺に分け与えてほしい!  涼は切実にそう思った。拓海はいつも辛辣だ。「うざい」「鬱陶しい」「死ね」などなど……かわいい顔から、毒舌の数々がぽんぽんと飛び出してくるのである。  猫、羨ましい……と思いつつ、涼も拓海の隣に腰かけようとする。が、すかさず拓海に「おい、客が来てんだから飲み物の一つでも出せよ」と、きつい口調で言われた。 (俺は召使か何かですか……?)  しょんぼりとしながら涼は台所に向かう。ジュースと母(拓海の大ファン)が「拓海ちゃんに」と用意していたお菓子を出す。  戻ってくれば、子猫は拓海の膝の上ですやすやと眠ってしまっていた。拓海は唇の前で人差し指を立てる。「起こすなよ」ということらしい。  その時――涼の頭に名案が閃いた。拓海のすぐ隣に腰かけ、細い肩を抱き寄せる。すかさず鋭い視線が返ってくるが、 「いいの? 動くと、猫、起きちゃうよ」 「……このっ…………」  耳元にささやきかければ、拓海は顔を赤くさせる。悔しそうに口をつぐんだところで、遠慮なくその唇を奪った。 「ん……」  つん、と不満げに尖ったかわいい唇。じっくりとその感触を味わって、少しかさついた表面を舐める。拓海は逃げようとするが、思いとどまったのか、ぴたりと止まる。動いては猫を起こしてしまうと思ったのだろう。  その隙に涼は拓海の唇を割って、舌を侵入させた。ぴちゃり、と濡れた音が響く。 「は、……ぁ……んっ」  舌を絡ませると、しとやかな息が漏れる。普段、毒舌な彼が出しているとは思えないほどの艶やかな声音だ。  涼は手を伸ばして、服の上から胸の辺りを撫で上げた。敏感な拓海はそれだけで、ぴくりと反応を示す。胸の飾りを狙って指でつまみ上げてみれば、「あっ」かわいい声と共に、背中が跳ねた。唇を離すと、拓海の呼吸は荒くなっている。顔を真っ赤にして、熱のこもった眼差しで涼を見つめていた。 「おい、こら……涼、もうやめっ……」  言葉の途中でもう一度、口をふさぐ。「ん、」と漏れる拓海の声には、だんだんと甘さが増してくる。  調子に乗った涼は、手をどんどんと降下させていった。ズボンの上から太ももを撫で上げたところで、  ――みあ。  かわいらしい鳴き声が、割って入る。視線を落とすと、子猫が涼の脚に頬ずりをしていた。ごろごろと喉を鳴らしていて機嫌がよさそうだ。  起こしてしまったらしい。思わず頬が緩んでしまうほどの可愛らしさに見入ってしまっていると、「おい」と低い声が轟いた。 「よくも好き勝手してくれたな……?」  思わず頬が引きつってしまうほどの恐ろしい声音。涼は顔を上げる。  ――こっちの子猫ちゃんは、怒り心頭でした。 「いっぺん死ね、このど変態ッ!」  その後、気難しい子猫ちゃんの、容赦のない右ストレートが炸裂したとか。

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