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第9話
十月十二日(水曜日)。
夜明け前にスマートフォンが鳴った。
こんな時間に何だろうと思いながら、室生が起きる前に起き出した秋月は、放ってあったジャケットの胸ポケットからスマホを取り出した。
「……」
画面をタップすると、朱島からだった。
読むと、『ロンドンでの企画展について』とあった。ナショナルギャラリーを借りて、大規模なインスタレーションをする機会が巡ってきたのは、室生が実に二年に及ぶリハビリを経て絵描きとして復帰した、半月後のことだった。大学を卒業した秋月は、起業した会社「CHICA」の代表取締役として、毎週末、どこかに飛んでいる生活をしているため、地球のどこにいるのか、朱島もあまり気にしなくなっている。
「朋……」
隣りで眠る愛しい身体を揺らして、要件を伝えようと意気込む。ロンドンでの企画展では、初めて拡張VRという技術を使い、双方向性を持った作品を展示しようという野心を抱いていた。
もちろん、その元となる絵を描いているのは、室生だ。
ここ数ヶ月、とくに室生の腱鞘炎が治ってからは、走りどうしだった。その間、室生は変わることなく秋月の傍で絵を描き続けている。共に眠り、共に生き、共に愛し合っている。互いの体温に慣れても、愛しい気持ちは大きくなるばかりだった。
秋月は、ジャケットのポケットに、まだ入れっぱなしになっている小さな指輪のケースを指でなぞった。これを渡したら、共に寝るたびに悪態をつきながら蕩けてゆく室生が、どんな反応をするか、泣くのか笑うのか、見当もつかない。
でも、喜んでくれることは、わかっていた。
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