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第8話(*)
風呂から出ると、室生の手を引いた秋月は、寝室へ向かった。秋月のベッドの上に室生を座らせ、自身は膝をつく。
「できるのかよ。俺と。セックスとか、そういうの」
「黙って……」
秋月は、なおも強気を装い続ける室生の爛れたように赤い眦にキスを落とした。
「できる」
「っ……ぅ、チカ……ッ」
「できるよ、朋。お前となら」
ポロポロと室生の目から涙が零れる。それをひとつひとつ丁寧に吸い取って、泣かせてしまったな、と秋月は思った。室生はそれまで膝で握りしめていた両手を、そっと開いて秋月の背中に回した。
その温もりが、泣きたくなるほど心地いい。
「朋、後ろ向いて。してあげるから」
秋月の言葉に、ぎこちなく室生が背中を向ける。腰を高く上げさせると、微かに息を呑む気配がした。尻のあわいを両指でぐうっと開き、奥の蕾に口づけると、はく、と室生は息を漏らした。
そのまま口淫を続け、柔らかくふやけて指が入るまで、丁寧に中を捏ねた。室生は秋月のしつこさに泣き言を言いながら悪態をつき、それでもやめないと悟ると、最後には哀願してきた。何を口走っているのか、よくわからない舌っ足らずな声が秋月を煽るのも知らないまま、室生が与えられた愉楽にぐったりするまで中を弄ると、最後には声にならない喘ぎ声と一緒に、「入れて」とせがむ声がした。
「顔、見せて、朋……」
「ん、ぃぅ……っ」
互いに向き合い、室生が秋月に縋るような目を向けた。これからひとつになることが、どこか怖いような気さえする。秋月は、室生の握られた右手に自分の左手を重ねた。
「入るから……朋」
裸になった秋月は、言うなり、綻んだ室生のあわいに突き入れた。ぐじゅっ、と卑猥な音が響き、微かに室生が顔を上げる。その泣き濡れた目から、新たに零れ出た涙をすくうように口づけながら、秋月はゆっくり、だが頑とした動きで、室生の中に分け入った。
「ぁ……っ!」
奥まで分け入ると、室生はどこか困った顔をする。あまりに愛しくて、秋月は、室生の呼吸とともに蠢いている中を、自身で愛撫しはじめた。
「ぁあ、っ……抜ける……抜けちゃ……っ」
秋月が、雄芯を先端あたりまで引き抜くと、まるでそれが不満だとでも言うような顔をして、背中に室生の左腕が回った。右腕は、秋月に保護されたままになっている。
ギリギリまで抜いた秋月が、腰を深く入れると、媚肉が痙攣するようにわなないた。何度も何度も繰り返し、上り詰める途上を繰り返しながら、秋月もまた追い詰められていった。室生も同じようで、途中から背中に爪を立て、声にならない声を上げながら、腰を、秋月の動きに合わせて動かすようになっていく。
「はっ……ぁ、あっ……! チカ、ッ……」
室生の吐く息が、秋月の眼前であえかに震えた。秋月もまた追い詰められた顔をしている自身を自覚しながら、室生の唇を奥まで奪った。
「チカ、チカ……ッ、ゃ、で、る……っ」
ぎゅうぎゅうと絞られるように蠢く内壁に包まれ、腰を動かしながら、もっと、もっと、と秋月は室生を求めた。終わらなければいいと願う。それが終わってしまうことを、心のどこかで知りながら、寂寞とした想いに囚われ、秋月は室生とともに疾走した。
「あ……!」
最後にぐりっと中を突き上げると、室生は腹の上に白濁を出した。
「まだ、もう少し……っ」
「チカ、ッ、あ! チカ、イッて……から、もうや……っぁ、あ!」
室生の制止を振り切って、秋月がさらに腰を使うと、泣き声に似たあえかな声が漏れ、秋月を煽った。
少しズレて、ようやく秋月が室生の中へと吐き出す頃には、トロトロになった室生はぐずぐずに蕩けていた。
「朋……」
「んっ……お前……っ、やだ、て、いった……っ」
「ごめん、朋。でも、俺、良かったよ……」
「っ……」
秋月が思わず本音とともに室生の頬を撫でると、室生は口の中でごちゃごちゃと何か文句らしきものを告げた後で、「別に、いいけど」と横を向いてしまった。
「拭くから」
言って、清拭すると、室生は無言で自分の身体を撫でる秋月を見ていたが、やがて終わる頃になるとこんなことを言ってきた。
「これでまた……朱島さんに勘ぐられる……」
「……どうしてその名前が出てくる?」
溜め息をつく室生を秋月が睨むと、今度は室生が溜め息をついた。
「俺、口説かれてんの。同性愛者じゃないって言ったのに……。でもチカとくっついたら、嘘ついたことになるし、それに『性愛』なんてテーマで描いたら、全部わかりそうだ」
「隠せばいいだろ」
「隠せると思うわけ? 俺が」
明け透けな室生を秋月は思い出した。
「無理だろうな……」
「だろ? 俺、そこまで上手く立ち回れないよ」
こうした敷居の低さが、室生の長所でもある。眩しい、と思いながらも、秋月は提案した。
「今後のルールを決めよう。ベッドの上で他人の話はするな。それと、朱島さんには俺から言っておくから。だから、お前は普通にしてろ」
「ルールを破ったら?」
「全部、俺のものだってわかるまで、離さない。俺のことがわからなくなっても……」
「ん……」
秋月がキスをしながら胸の尖りを少し指先で捻ると、室生は普段はしないであろう、熱に浮かされたような表情をした。
一緒に寝て、初めて知った顔。
もっと暴いて、秋月以外では反応しないように、条件付けしたくなる。
「…俺、今お前に殺されかけた……」
睨んだ室生が、秋月を甘い声で詰る。
「……変態」
まるでそれは優しい死と言って良かった。
室生を抱いた秋月が、ずっと離さなかった室生の右手を引き寄せる。秋月がそっとキスを落とすと、室生は再び「馬鹿」と言って罵った。
「酷い言いようだ」
「俺、チカといると、何だか胸が苦しくなる時があるんだ。でも、チカに触られると、力が抜けてく。初めてだからかな……。早く絵が描きたい」
「いっそ左手で筆かマウス握るか?」
「チカに止められなきゃ、とっくにそうしてる」
そう言いながら、室生はうとうとしはじめた。
「俺チカちゃんのお嫁さんになる……そんで、いっぱい……」
愛してもらう、と室生は秋月の腕の中で言った。
「次に殺す時は、言って……」
言いながら、ほろほろと崩れるように、眠りに呑まれてゆく。
「いくらでも殺してあげるよ」
室生が望むなら。
室生に望まれるなら。
人生を賭けて、きっとどんなことだって秋月はできると思った。
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