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望むものは。(2)

「目に見える行動──つまり、Behaviorを見るんだ。いつも元気な人が泣いていたら、君たちはどう思う? 何か悲しいことがあったのかもしれないと、そうやって気持ちを考えるだろう。そんなふうに、」 気持ち──黒瀬くんの気持ち。彼が私にあのような視線を送り続けるのは、どうしてなのだろうか。……って、何を馬鹿なこと。彼が私のことを、だなんてそんなこと、あるわけないじゃあないか。私はもう四十も半ばのおじさんで、彼はまだ……。 「Behaviorは、OrganismとEnvironmentで決まるもので、」 自分の声が耳に入ってこず、何を言っているのか分からなくなってきた。今日は、いつもより彼の視線がしつこいせいだろう。まるでうなだれる私を楽しんでいるかのようだ。あぁそうか、そういうことなのか。私をからかうつもりで、こんなことを。 呼吸までも苦しくなってきた。時計を見れば授業時間は残り十分程しかない。もうキリの良いところで終わってしまおう。これ以上は無理だ。 「この後に、心もやはり考えるべきだと主張する人たちが出てきてね。それらの考え方は、新行動主義と言うのだけれど、時間が中途半端だからそれは、来週に回します。今日はこれで終わりです」 片づける音、眠かったと文句を言う声。そんな雑音だらけのこの教室で嫌と言うほどに感じてしまう、未だ送られ続けている彼からの視線。できるだけ早く持ち物を片づけてしまおう。彼が今すぐにでも「先生」と私を呼ぶかもしれない。 周りからすれば、質問でもあるのかな……と自然なその状況さえも、今の私にとっては戸惑いしかない。逃げなくては、となぜか脳がそう警告している。教授としての人生に、いや、今までの私の人生の中で、こんな感情になるのは初めてだ。誰かを怖がるだなんて。しかも、それがあの黒瀬くんだなんて。優等生の彼からなぜ逃げる必要があるのか。 本当に怖いものは何? 何を恐れている。 嫌だなぁ、つい癖で自分を分析してしまう。意識化されてる領域じゃあ気づかない、もっと深い部分。私は、何を考えているのだろう。 絶対に開けてはならない、見てはならないその場所。思わずその深い空間への扉に手をかけてしまった。……早く、離れなくては。 残った配布物を鞄の中へとしまった。その手が震える。相変わらず、彼からの視線も感じるし、呼吸がさらに苦しくなる。騒がしく教室を出て行く学生たちだっているのにまるで、彼と二人きりのように感じられて。それほど意識してしまっているのだ、彼のことを。 ごくりと、唾を飲み込んだ。口の中はカラカラで唾なんかないのに、何度もごくりと飲み込んでしまう。吐きそうだ。 荷物を持ち教室を出ようとした時、視界の端で彼が立ち上がるのが分かった。 あぁ、捕まってしまう、そんな予感がして早い足取りで教室を後にする。ちょうど閉まりかけそうになっていたエレベーターに無理矢理入れてもらい、自分の研究室へと戻った。

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