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ゆっくりじゃあダメですか?(1)

「堤下さん!」 仕事帰り、アパートへと向かう道の途中で後ろから名前を呼ばれた。男にしては少し高めの、柔らかな声に。 革靴で地面を蹴る音が段々と近づいてくる。俺が立ち止まって後ろを振り返った時にはもう、彼の顔がすぐ側にあった。 暗闇の中で、消えてしまいそうなほどに光の弱い外灯に照らされた彼の顔は、はっきりとは見えないけれど、でも分かる。今日もすごく可愛らしい。 俺と歳の変わらない、しかも男の人に、可愛いというその言葉は失礼なのかもしれないけれど。 垂れた眉毛も、柔らかそうな頬も、目を伏せると影を作る長い睫毛も。俺が彼のことを好きだからってだけじゃあない。誰が見ても可愛いと思うはずだ。 「藤川さん、お疲れさま」 息を切らす彼にそう言って微笑むと、彼もまた微笑み返し、お疲れさまと言う。 それから俺の隣に並ぶと、ぴったりとくっついてきた。 「堤下さん」 「うん?」 「今日も、堤下さんの部屋にお邪魔してもいいですか?」 うるうるとした瞳に、ごくりと俺のノドが鳴った。 分かってやっているのか、それは分からないけれど、でも彼のこの上目遣いにはいつも簡単にやられてしまう。 「……いいですよ」 「本当? やった……!」 「でも冷蔵庫の中が空っぽで、今日は帰りにコンビニに寄ろうと思ってたんです。夕飯はコンビニになっちゃいますけど、それでもいいです?」 「全然大丈夫ですよ。コンビニ、行きましょう!」 早く早くと、彼が俺の腕を引っ張った。これだけのことなのに、俺の頬がほんの少し熱を帯びる。 シャツ越しに伝わる彼の体温を意識しないようにと別のことを頭で考えながら、俺は空いている方の手で必死に頬を仰いだ。

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