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第1話
『夢みたいです。先輩を抱ける日がくるなんて…!』
見上げた先には、約1時間前に顔合わせをした共演者。
天井も見えず、逆光になった共演者がどんな顔をしているのかもよく見えない。
この時の俺はまだ知らない
俺を押し倒している共演者の、声優としての演技の才能に飲み込まれてしまうことに―
◇◇◇
「それでは、BLドラマCD『後輩が豹変しました』の顔合わせを行います。」
遡ること約1時間前
音響監督の、真剣で高らかな声によって始まった。涼しげで細い目と鼻筋の通った顔がクールな印象を受ける女性だが、BLという世界に対して人一倍情熱を持っている。彼女自身が腐女子であるということも大きいのだが。
「ではキャストの挨拶から。…神田くんからお願い。」
「はい。鷹城 役の神田智紘 です。いつもとは違った役柄で、今から演じるのが楽しみです。よろしくお願いいたします。」
音響監督のご指名で、智紘は椅子から立ち上がった。遠くからでも目立つ金髪に、睨むと恐れをなして逃げ出してしまうくらいの鋭い目つき。見た目はヤンキーと思われる風貌だが、礼儀正しい口調で挨拶をした。一礼した後、席に着く。
智紘の目の前には音響監督、右斜め前には今回のドラマCDの脚本を書いた女性が座っている。2人は拍手をしていた。
「神田くんありがとう。…それじゃあ次は永沢くん。」
「は、はい。広田役の永沢優斗 です。BLドラマCD自体初めてで、ご迷惑をかけるかもしれませんが、全力で演じます。よろしくお願いいたします。」
智紘の隣に座る優斗がゆっくりと立ち上がり、挨拶をする。かろうじて3人に聞こえるくらいの声量で挨拶をする優斗に、智紘は彼が声優なのかと疑いたくなった。
夜の闇のような髪色。その上、前髪が目にかかって表情がよく見えない。普通に道を歩いてすれ違っても気づかないくらい、特徴のない顔だった。
「永沢くんありがとう。それじゃあ、今回のドラマCDの構成について説明するわ。」
音響監督、脚本家は拍手した。智紘も社交辞令にと数回拍手をする。それから、今回のドラマCDの収録についての内容を打ち合わせた。
智紘と優斗が参加する『後輩が豹変しました』は、漫画原作の商業BLだ。過激なエロシーンが売りで、1話目数ページから繰り広げる激しいセックスが読者を釘付けにしていた。今回の音声化はその1話と2話。脚本も1話のセックスシーンをカットすることなく盛り込むことになっている。
「…収録は明後日。君たちの演技をとても楽しみにしてるわ。」
音響監督のこの言葉を最後に顔合わせは終わった。
智紘は台本や筆記用具を鞄に収めた後、右隣に座る優斗を横目で見る。成人したばかりのひよっこに、今回の話の世界観を掴めているのか疑わしい。智紘はひとつ溜息を吐くと、優斗に話しかけた。
「永沢君、共演するのは初めてだね。収録、頑張ろう。」
「はい!」
智紘は上っ面の社交辞令を告げたにも関わらず、優斗は目を輝かせて大声で返事をした。顔合わせで挨拶した時の小声が嘘みたいだ。その様子に少し怯んだ智紘だが、気を取り直して本題に入った。
「俺はこれからこのドラマCDの練習をしようと思うんだが、時間があれば永沢君もどう?こういう収録初めてって言ってたし、色々アドバイスするよ。」
「いいんですか?是非、お願いします!」
智紘の誘いに、優斗は二つ返事で引き受けた。気づけば室内には彼ら2人しか居ない。荷物を持って外に出る智紘に優斗は付いて行った。優斗に話しかけた優しい雰囲気とは対照的に、今の智紘の表情は意地の悪い笑みを浮かべていた。
―さて、どう虐めてやろうか?
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