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第2話

「神田さん、意外なところで練習するんですね!」 優斗が智紘に付いて行った先は、都内にあるごく普通のビジネスホテルだ。入ってすぐ左手にはユニットバス、突き当りにはセミダブルのベッドとテレビが載せられた机があるだけの質素な部屋だった。 「このホテルは防音設備が完璧に整っていて、多少大きな声を出しても外には聞こえない。気分を変えたい時にはここで練習しているんだ。…それと、BL関連の仕事がある時は必ず来てる。」 智紘は脱いだ上着をハンガーに掛けながら優斗に説明していた。 訪れているホテルの経営者の息子と智紘は幼馴染で、家族ぐるみの付き合いがあった。15歳で声優としてデビューした智紘がまだ駆け出しの頃、練習場所としてタダ当然で部屋を貸してくれていた。人気声優として活躍している今でも、時折このホテルに訪れては練習をしている。もちろん、昔とは違って普通の客としてお金を支払って利用している。 「…永沢君、単刀直入に聞くけど。君って童貞だよね?」 「えっ!?」 智紘は鞄から台本を出しながら、優斗にそう問いかけた。対する優斗は顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を出した。優斗は口をぱくぱくさせながら、智紘の問いに答えようとするが聞くまでもなく答えは明白だった。 「永沢君、わかってんの?今回のドラマCDのジャンルはBL。男同士の恋愛だ。しかも、過激で濃厚なエロシーンを音声のみで演じる。…俺はどんな仕事でも最高の出来になるよう努力を惜しまない。それが今まで演じたことのない”受け”側だとしても。」 智紘は優斗を睨みながら、逃げ道を塞ぐように壁側に追い込む。優斗は声も出ず、真っ直ぐに智紘を見つめていた。 デビューしてから智紘は、アニメでは主役やメインキャラの声を数多く担当している。20歳になってからはBL関連の仕事も受け、”俺様な攻め役”には定評がある。今回のBLドラマCD『後輩が豹変しました』で智紘が演じる鷹城は自信家でプライドが高いが、とあるきっかけで後輩の広田に抱かれてしまう役どころだ。 「お前、俺をリードできる訳…?雰囲気的には広田に似てるところはあると思うけど、それだけだ。お前には身を以て経験してもらう。」 智紘が言い終わった後、優斗の足を割ると膝で彼の股間を刺激した。敏感なそこは刺激を与えるだけで徐々に形を変えていく。優斗の息も次第に荒くなっていった。 「自慰くらいは、さすがにやったことあるだろ?抜き合いくらいには付き合ってやる。」 優斗の耳元で、智紘は囁いた。顔を真っ赤にした優斗は、智紘が追い立てる快感に耐えていた。 智紘はBL関連の収録直前に相手役をこのホテルに連れてきては、身体を張って男同士の性交渉を疑似的に行っている。ゲイでタチでもある智紘には相手が快感を得る場所は熟知している。大抵は抜き合いをする程度で、場合によっては素股することもあった。溜まっている時は恰好の捌け口として相手を利用していた。 ―コイツ、さっきよりも息が荒くないか…? 押し寄せる快感に耐えるように、優斗はずっと智紘のシャツを握っていた。そんな彼の様子がおかしいことに気付いた智紘は、膝の動きを止めた。すると、今まで声も出さずにじっとしていた優斗が勢いよく胸を押した。智紘は背中からベッドのスプリングに受け止められる。 「おまえっ、何す…。」 『夢みたいです。先輩を抱ける日がくるなんて…!』 智紘の言葉を遮るように、彼の上にのしかかったまま優斗が口を開いた。声変わりが始まったばかりの少年のような声音は、この1時間で聞いた優斗の声の中では初めてのものだ。一瞬、何が起こったのか理解が追い付かなかった。しかし、優斗が言った言葉は『後輩が豹変しました』の広田のセリフだ。 「いきなりどうした、永沢君?」 「永沢?誰ですそれ。僕は広田ですよ。」 声が震えないように冷静を装って言葉を紡いだ智紘だが、優斗の言葉が追い打ちをかけた。彼は完全に、広田になりきっていたのだ。 「貴方は、僕が密かな恋心を抱いている相手・鷹城先輩です。…集中してください。」 優斗の両手が、智紘の頬を包み込む。その手は冷たく、智紘の熱を奪っていく。 優斗の右手がゆっくりと、智紘のシャツのボタンを外し始めた。

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