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ホワイトデー編

夕方。 人気の無い廊下に、かすかな喘ぎ声が漏れてくる。 「あ、ぐ……あぁ……」 内側から鍵をかけた生徒会室。 後ろから腕を回した副会長が、会長様の首をグッと締め上げていた。 「ぐぅう……」 「良い声で泣くね……会長様」 低い声で囁いた副会長が、そっと舌を伸ばし、会長の耳を下から上になぞる。 会長の体が、ビクンと跳ねた。 「……そろそろ、白状する気になったかい?」 副会長はほんの少しだけ腕を緩めたが、会長様は首を横に振る。 副会長は忌々し気にため息をついた。 生徒達の頂点に君臨する会長様は、類い稀(タグイマレ)な容姿と優れた学力で、たくさんの生徒や先生に慕われている。 ただ困った所は、その権力を自己中心的に使い、時々問答無用の『絶対命令』を出す事。 先月のバレンタインデーでも―― 「明日、 2月14日はチョコレート『など!』、全ての菓子類の、校内持ち込みを禁止する!」 これは、ほぼ全校生徒から渡されるチョコレートを、回避するためだった。 自意識過剰なのでは無く、本当にたくさん貰うので、副会長も文句はない。 むしろそのお陰で、会長様と濃密なバレンタインを過ごせた。 しかし、ホワイトデーを明日に控えた今日。 一ヶ月前とほぼ同じ『絶対命令』が出された。 「明日、 3月14日はクッキー『など!』、全ての菓子類の、校内持ち込みを禁止する!」 副会長はギリリと奥歯を噛み締める。 思い出すのも腹が立つ。 「……つまり君は、僕にバレンタインデーのお返しをする積もりが無い、と言う事だろう?」 疑問符を付けながら、答えを聞く積もりの無い副会長は、より強く会長の首を締め上げる。 「ぐうっ……!」 苦痛に顔を歪めながら、会長は副会長の腕にしがみつき、必死に首を振った。 「ち、が……あぁ……」 「何が……違うの?」 冷ややかな声を出しながらも、副会長は少しだけ腕の力を緩めた。 会長は右手で副会長の腕に掴まったまま、左手を制服のポケットに入れる。 そして会長が取り出したのは―― 「……チケット……?」 やっと解放された会長は、ゲホゲホと咳き込みながら全身で息を整える。 「ハァ……ハァ……ん……う、受け取れ……」 副会長がまじまじと見詰めると、それは映画のチケットだった。 しかも、学校が終わった後に余裕で見に行けるナイトショーの優先席だ。 「……お前が行くと言うなら、仕方ないから、一緒に行ってやる」 どや顔で胸を張る会長に、副会長はプッと笑った。 「うぅ〜ん、行っても良いけど、どうしよっかなぁ……?」 「なっ……おま……この俺が、一緒に行ってやると言っているのに!」 口では偉そうな事を言いながら、会長の目が、捨てられた子犬のように潤んでいる。 副会長はニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。 「だって君、どうしてあんな命令を出したのか、まだ答えて無いじゃないか」 「うっ……そ、それは、その……」 会長が悔しそうに唇を噛み締め、無意識に上目遣いで副会長を見る。 「まぁ、このチケットは嬉しかったからね……」 副会長が我慢できずに微笑むと、会長は嬉しそうにパアッと顔を輝かせる。 分かり易い…… けれど副会長は、それで許す積もりは無い。 もらったチケットを見せびらかすように、自分の顔を扇ぐ。 「でも、会長様は素直じゃないからね……」 唇を引き結んだ会長が、また悔しそうにうつむいて、床を睨む。 「仕方ないから、このチケットは、誰か他の人と一緒に……」 「それは駄目だ!」 嬉々としてからかう副会長に、血相を変えた会長が、慌てて声を上げる。 「お前が他の誰かと行ったら、命令を出した意味が無いだろう!」 「じゃあ、その『意味』って何?」 「それは……んっ、っ――っ!!」 思わず白状しそうになった会長が、とっさに自分の口を手で塞ぐ。 副会長はわざと、ゆっくりため息をついた。 「こんなに聞いても教えてくれないなんて……やっぱりこのチケットは、他の誰かと――」 「だから、それが嫌なんだよ!」 ついに嘆くような叫びを上げた会長が、悔しそうに地団駄を踏む。 「俺は、お前が他の誰かに、バレンタインのお返しをするのが嫌なんだよ!」 それはつまり―― 「嫉妬……かな?」 淡い期待を込めて副会長が聞くと、会長は少し唇を尖らせ、羞恥に紅潮させた顔を背けた。 その拗(ス)ねた顔が、副会長の優越感を満たす。 「……ニヤニヤするな」 会長様がますますムッとした顔をする。 さも嬉しそうな顔をした副会長は、チケットを後ろ手に持ち、踊るような足取りで会長の後ろへ回った。 「映画……一緒に行ってあげようか?」 もったい付けて問い掛けた副会長が、チラリと横目で会長を見る。 「!!!! もっ、もちろん……!」 勢い込んで答えた会長が、ハッと体裁を整え、仕切り直すようにコホンと咳をした。 「し、仕方ないな……そこまで言うのなら、一緒に行ってあげよう」 必死に平常心を装っているが、見えない尻尾をブンブンと振って、凄く喜んでいるのが分かる。 副会長は唇の端をニッと吊り上げた。 「――でも、一つ条件があるんだ」 「ムッ……! じょ、条件……だって?」 「そう」 あからさまに警戒する会長に、副会長はクスクスと笑って後ろから抱き締め、彼の耳元で低く囁く。 「キス……して……? とろけるくらい、甘〜いの……」 会長は赤面した。 ……END.

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