1 / 7
第1話
朱島紅葉(しゅとうもみじ)の彼氏は少し特殊だ。
黒い髪に黒い眸、中肉中背で平均的な身長は朱島とそれほど変わらない百七十五センチちょうど。年齢は二十九歳の朱島より少し下だろう。笑うと濡れたような美青年に変わる顔立ちは、鼻筋の通った人形のようだが、不思議と人混みにまぎれてしまうと、誰も覚えていないということがままある。
名前も本人はタイチと名乗っているが、偽名かも知れない。
朱島は彼に昭和記念公園で出逢った。
イルミネーションの散る頭上ばかりを見ていたら迷子になった。その時、一緒にきていた男からの連絡を待っていた朱島が受け取ったのは、相手からの別れのメッセージだった。迷い出して十五分後のことだった。
「別れてくれ」
たったそれだけだった。
仕事が忙しいとか、相性が合わないだとか、他に好きな人ができただとか、言い訳がましいことは何ひとつ書かれていなかった。その文に、朱島は少し感動したのを覚えている。スタンプも、顔文字もない、たった五文字のメッセージ。彼にとって朱島は、その程度の価値しかなかったのだろう。朱島も、それに反応するほどの価値を感じず、終わったのだと素直に思った。
一体何が悪かったのだろうかと、考える間もなく朱島は立ち直った。というより、落ち込まなかった。仕事は相変わらず忙しかったし、気になる相手がいないわけでもなく、ただ半年ほど相手をした男との、こんな別れもたまにはいいな、と上を向いて思った。ライトアップされた紅葉がきれいだったからかも知れない。当然、泣きもしなかった。
ただ、困ったな、と方向音痴のせいで帰り道がよくわからないまま立ち止まっていると、声を掛けられた。
「ひとりですか」
振り返ると、ダークスーツに黒のコートを着た、全身黒ずくめ、葬式の帰りかと思うような男が立っていた。
「そうだけど」
朱島が答えると、男は困ったような顔をした。
「失礼、あなたにどこか……惹かれたので」
と言って、思わず声を掛けてしまったが、次に話す言葉を持っていないような表情をした。
その青年が、タイチだった。
ともだちにシェアしよう!