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第1話

 僕が生まれたのは、アルファの中でも名門と呼ばれる家だ。  財政界を牛耳切ると言われる旧き一族、その本家の三男。こう書くと、改めて自分がすごい人間だと思う。肩書きだけは、だけど。  この世界には、アルファと呼ばれる存在以外に、二つの種がある。  世界人口の大多数を占めるベータと呼ばれる存在。彼らの上に君臨するアルファ、そして最下層のオメガと呼ばれる種族。だがアルファとオメガは対極にして、お互いを補う合う存在でもある。  僕は支配階級たるアルファの中でも、希種と呼ばれる一族の末裔だ。たぶん誰からも羨まれるような、生まれながらのエリートの中のエリート。  もちろん、僕の周りの人たちもそう思っていて、特に両親の信奉者たちの畏敬の念はすごく、母が僕を身ごもったと知るや、お祝いの列が長蛇に伸びたらしい。  その僕の初めてのお披露目の席。色めき立っていた親類縁者は母の腕に抱かれた幼子を見た瞬間、一様に肩を落としたと聞く。  美しい両親や兄や姉たちと比べ、黒髪と黒い瞳の僕は、彼らの目にあまりにも平凡に映ったからだろう。  学校でもぱっとせず、いつもみんなの後をついて回るような鈍くささ。ずっと取り替え子なんじゃないのかと思ってたけど、十五歳の時に学校で受けた検査で、アルファだということが判った。  それまで身の程知らずだの、一族の面汚しだの、さんざん僕をなじっていた周りの連中は、一応大人しくはなったのだけど、内心は面白くはないのだろう。面と向かって言われなくなっただけで、今も肩身の狭さは変わらない。  家族はみんな、末っ子の僕を可愛がってくれているけれど、愛されるほどになにひとつ秀でたところのない、自分の平凡さに申し訳なくなる。  アルファとしてのお墨付きさえ、ほっとした気持ちとは裏腹に、寂寥感が募るばかり。  もし僕がベータであれば、もっと気楽だったろう。オメガであればすべてを諦められただろう。  どうして僕は兄たちや姉のように、美しい容姿や明晰な頭脳も、ずば抜けた運動神経すらないのだろう。  ベータにすら敵わない。なにひとつ出来ないアルファの落ちこぼれ。それが僕。  まったく、世の中って上手く回らないものだよね。  ため息、ひとつ。  見上げると、天井には豪華なシャンデリア。今日は父との取引先のパーティだ。  今日のために呼び寄せたという楽団が演奏するクラッシックの流れるホールには、色とりどりの花のようなドレスが舞い、波のようにさざめく声が、僕たちを取り巻いている。  あまりに煌びやかな雰囲気に、なんとなく気おくれした僕は、家族たちから離れて窓辺へと身を寄せた。  父たちの年齢層より、若者たちの方が多いのは、アルファのお相手探しも兼ねているからだろう。会場にはアルファと同じくらいの数のオメガもいた。  平凡な僕には縁のないものなのだけど。ほら、ご覧の通り、現在一人楽しい状況だ。周りのアルファたちに群がるオメガを横目で見やる。今日は将来この国を背負って立つ、エリート階級のアルファたちが集められているのだ。  ……僕も一応そう、なのかな。この歳になっても落ちこぼれな僕には、わからないけど。かといって、自分から声をかけるのもおこがましくて、こんな部屋の隅にいる。我ながら勇気がないって、呆れてしまう。いいけどさ。  手にしたワイングラスのシャンパンを、ちびりと一口すする。誰も僕には注目しない。こういう時、自分の平凡さも悪くないなと、ほんの少しだけ思う。 「おい、柚葉」  けれどそんな開放感は、長くは続かない。名を呼ばれて目を上げると、僕より頭一つ分高い男が、僕を見下ろしている。 「海斗……」  まずい、そう思ったのが態度に出たのだろうか。海斗は身を退きかけた僕の腕をつかんで、自分の方へと引っ張った。  なんの構えもしていなかった僕は、引っ張られた勢いのまま、彼の腕の中へと倒れこみ。素早く身をかわされて、その場で思い切りたたらを踏んだ。 「うわっ!」  音楽に紛れてその声は聞こえなかったようだ。なんとか踏ん張って態勢を立て直す。僕が目をあげると、さざめく人波を背景に、海斗はにやにやと人の悪い笑みを浮かべていた。  海斗は僕の幼馴染で、アルファの中でも特に優秀なエリート候補生だ。  彼の後ろにも見知った顔がいて、僕を見てくすくすと笑っている。彼らは海斗の取り巻きたちだ。正確には海斗を含め、僕の兄たちの信奉者でもあるのだけど。彼らはあまりにも兄たちに釣り合わない僕に、昔からたびたび嫌味を言ってくる。  同い年ということもあり、お互いの両親は仲良くして欲しがっているみたいだけど。 「おや、柚葉さま、おひとりなのですか」  取り巻きの一人がおどけたように、大げさに驚いてみせると、海斗にちらりと目をやった。彼の腕は傍らのオメガの腰に回され、時折なにか耳元でささやかれているのか、二人して含み笑いを浮かべている。他のやつらも同様だ。 「おえらい柚葉さまは、オメガなぞ眼中にないようですな」 「なにせ、尊い血が流れておられますからな。普通のオメガなど、眼中にないのでしょうな」 「こちらのアルファはとてもすごい方なのね」  整った顔立ちのオメガがそう言って海斗にしなだれかかると、周りからどっと歓声が沸いた。  正面の海斗から目が離せなかった僕は、彼の視線に釣られたように、彼の腕に寄りかかっているのと、反対側のオメガに目をやった。  柔らかな赤毛のオメガが、彼のそばにいた。  視線が合うと、彼は頬を緩めて僕に笑いかけてくる。  一緒になって笑みを浮かべかけた僕は、海斗の不機嫌な瞳に我に返った。解ってる。彼は海斗を選んだのだ。  番ではないけれど、彼は海斗のお気に入りで、僕など歯牙にもかけられたことはない。  思い上がりを見透かされたみたいで、僕は恥ずかしくなり、その場で縮こまった。 「もしかしてお前、黄金のオメガが目当てなのか?」  きんのおめが?  聞きなれない言葉に首をかしげて海斗の方を見ると、彼は唇をぎゅっと引き結んで、僕の肩を押した。  後ろに倒れそうになるのをなんとかこらえようとしたけれど、テーブルに手ついた拍子にそばにあったグラスが倒れ、中のワインが零れる。  真っ白なテーブルクロスに、赤い色が広がってゆく。慌てて倒れたグラスを戻したけど、既に広がった染みをなんとかするのは難しそうだ。それも赤ワイン。最悪だ。  どうしようとおろおろする僕と、そんな姿を忌々しそうに睨みつけてくる海斗。それに気づいて、ますます縮こまる僕と、険を深くする海斗。これは小さいころからの僕たちの構図だ。 「おいおい、柚葉さまに黄金のオメガの相手が出来るわけないだろ」  取りなすかのように、僕と海斗の間に割り込んできたアルファを、海斗はきつい瞳で睨む。  視線が外れてホッとする僕と、無言の威圧に喉の奥を鳴らすアルファ。ゆっくりとそこから離れようとした僕に、海斗の声がかかる。彼の全身から絞り出したかのような、忌々しいと言わんばかりの声。 「お前など、アルファでなければ良かったんだ」  吐き捨てるような、海斗の声。  彼は小さな頃から僕の兄に心酔している。兄が僕を可愛がれば可愛がるほど、海斗の僕に対する風当たりが強くなる。もういっそ、兄から疎まれれば良かったのだろうか。優しい兄には言えないけれど。 「わかってる」  海斗の言いたいことは。  ぐっと、唇を噛み締めると、僕は彼らに背を向けた。

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