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第1話

『俺は、何があってもお前の味方だから』  そう言われた瞬間、本当に嬉しくて、嬉しくて、もう彼に一生を捧げようって決めたんだ。  僕の唯一の、色のついた過去の思い出だ。  あのときの場面を思い出すだけで、胸の中が暖かくなって、涙が溢れてくる。これが幸せっていうことなんだろうなあって思う。  ***  強い痛みとともに目を覚ます。  ぼやけた視界の中、見知らぬ男が不機嫌そうに眉根を寄せ立っていた。漆黒の髪と赤い眼、それから僕よりも一回り、いや二回りは大きい身体つきが、異なる人種であることを表している。  頬がひりひりする。殴られたのだろう。  そうだ。僕は、彼ら――アウール人に捕まったんだった。  自由にならない両腕を交互に見る。それぞれ、鉄の輪で壁に固定されていた。背がダール人としても小さいせいで、足はかろうじでつま先がつくような状態だった。よくもまぁこんな姿勢で眠っていたものだと、自分のふてぶてしさに呆れてしまう。  男は無言のまま、僕の首に金属の輪をはめた。それから、手首の拘束を解いてくれた。「歩きなさい」と命じられ、後ろに付き従う。裸に首輪とか、なかなか様になっているんじゃないだろうか。  長いこと体重を支えていた手首は皮が剥け、やや肉が削げ、血を滲ませていた。ぽたぽたと廊下が滴る血で汚れていく。きっと後でまた怒られるだろうな。  連れてこられたのは、応接間のような場所だった。広い部屋の真ん中に丸い机とそれを挟んで椅子が二脚だけ置かれていた。  突然、後頭部を掴まれ前に押し出される。結果、顔面から絨毯に勢いよく突っ伏すことになった。顔をあげれば鼻血が流れ、また下を汚す。あーあ、これはもう鞭打ちとかじゃ許されないかもしれない。  奥側の椅子に、アウール人の王、リヅィアがふんぞり返り座っていた。こちらはこちらで酷く機嫌が悪そうだ。今度こそ殺してくれるのかもしれない。 「その薄ら笑いをやめろ」  リヅィアの発言に、後ろに控えていた男から強く背中を蹴られた。堪らず、咳き込む。苦しい。 「もう1年だ。いい加減、口を割ったらどうだ。お前の仲間が、どこに我々の宝を持ち去ったのか、それを答えればいいだけだ。このようなことを続けたいわけではない。お前だってただでさえ短い人生をこうして終えるのは嫌だろう」  アウール人は、殺生をしない。殺生をすれば血が汚れるとされているからだ。血が汚れれば、その強大な力も失われてしまう。  だからこそ、僕は細々と生かされ、拷問され、何度も死んだ方が楽だろうなという目に合わされているのに、殺されない。  今日もやはり、その気ではないらしい。当然か。 「そんなにあの男が大事なのか」  ようやく呼吸が落ち着いてきた。首を縦に振って頷く。 「あいつはお前を囮にしたんだぞ」  それにも頷く。  リヅィアは頭を抱え大きく溜息を吐いた。「理解できん」と聞こえてきた。意外だ。 「あなたがただって、いや、あなたがたの方が、仲間を売るなんて真似しないでしょう?」  久しぶりに発した声は、掠れていて歪んでいて、とても聞きづらかった。  アウール人は、そもそも数が少なく、だからこそ結束が固い種族だ。疑問に思い、そう問えば、「そもそも仲間を捨てるような真似はしない」とすぐに返ってきた。 「アレは万が一のことがあったとき、唯一復活を果たすことができる奇跡の水だ。お前達のような短命な種族が使ってどうする」 「短命だからこそ、天寿を全うさせたいと思ったのでしょう。少しでも共に、長く生きたいと」 「その口ぶりは、やはり」 「はい」  もう1年経っていたとは知らなかった。僕もめでたく18歳になっていたわけだ。さすがにもう水は使われているだろう。 「もはや、場所を探っても仕方がないでしょう。いいではありませんか、水は100年程でまた溜まるのだと聞いたことがあります」 「その間に、大切な仲間達が不慮の事故で死ぬことがあれば、もう手遅れなのだ。助けられないのだぞ」 「はい。そうですね」  そう受け答えた途端、またしても後ろから蹴られた。今度は頭だ。ぐわんぐわん世界が揺れる。気がつけば、絨毯に額がついていた。気持ち悪い。動けない。 「首輪をはめております。すぐにでも永久睡眠処置を行い、谷に捨てましょう」  この首輪にはそんな処置を行う機能があったのか。針でも飛び出してきて薬でも打たれるのだろうか。ようやく、楽になれるのなら歓迎だ。  目を閉じる。  僕、少しはレノの役に立てたかな。そうだったらいいな。 「――こっちへこい」  と言われましても動けません。じっとしていると、後ろの男に首輪を持たれ、引きずるようにしてリヅィアの前まで連れていかされた。  間近で見ると、怖いくらいに整った顔をした男だとわかる。赤い瞳は目尻が少し垂れていて、優しげだ。年の頃は、レノと同じくらい、20歳くらいに見えるが、実際のところはわからない。  吊られるようになっているせいで、首輪に気管が圧迫され、苦しい。  リヅィアはじぃと僕の顔を見、そして言った。 「お前には、生き続けてもらおう。俺の傍で永遠にな」  内容がうまく頭に入ってこなかった。「ようやく表情を変えたな」と、僕の頬に手を添える。  バクバク、心臓がうるさく鳴り始める。  永遠に? 不老不死? アウール人のようになるということか? そんなことが可能なのか? 嫌だ、まだ、あんな日々が続くのか、それも永遠に? 嫌だ。  咄嗟に舌を噛もうと口を開いた僕の中に、太いものが突っ込まれた。リヅィアの指だ。構わず噛み続けていると、鉄くさい液体が溢れてきた。奴の血だ。 「飲め」  まさか、血を飲むことで不老不死になるというのか? そんな簡単に? 違う、簡単ではない、これは王だ。王の血なのだ。  必死に藻掻くも、後ろから髪を引っ張られ、無理矢理喉を開けられる。どろりと、暖かいものが身体の中に流れ込んでくる。 「ん――っ、んん――!!」  足を動かしても届かない。力が入らない。空しく、宙を蹴るばかりだ。 「いいのか? 確かに我々は殺生をしない。しかし、先ほども言った永久睡眠処置をとることはできる。お前の大事なあの男をなんとしてでも捜しだし、それをしてもいいのだぞ?」  レノ。  リヅィアに促されるがまま、僕は指を吸い続けた。身体が、爆発しそうに熱い。ああ、けど、本当に爆発なんてしてくれないんだろうな。  不老不死かあ。まぁ、いいか。それがレノを守ることに繋がるのなら、まぁ、いいや。

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