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2.出会い
スターチャートの研修所に入所すると、例外もあるが基本的に一年間は基礎クラスでのレッスンとなる。
そしてその後、レベルに応じて初級、中級、上級にクラスが分かれていく。
実力をつけていけば確実にクラスは上がっていくが、上級クラスはクラスの人数が限られるため、春夏秋冬とオーディションを行いクラスチェンジが行われる。
もちろん入ったばかりのは璃玖は基礎クラスで、レッスン内容は主に発生練習やダンスの基本ステップ、体幹づくりなどだった。
ただ、基礎クラスのレッスンについていくのに必死なのは、何もかも初心者な璃玖くらいだった。
璃玖の周りにいる研修生たちは、入所へのオーディションのためにダンスや歌の練習をしてきているため、基礎練習はなんなくこなしているため、璃玖は余計に浮いた存在であった。
「さぁ、今日も始めるぞー」
スタジオ全体に響き渡るだけでは足りないくらいの声量で、パンッパンッと手を叩きながら登場したのは講師の相良匠海 だった。
二十代前半の相良は、現役のミュージカル俳優でありながら、講師として主に基礎、初級クラスを担当していた。
相良の登場で、それぞれ行なっていた自主練を中断して、相良を中心に輪になるためたk研修生たちは中央に集まっていく。
「全員集まっているな。さて、見てわかる通り、今日は基礎クラスと初級クラスの合同となっている」
璃玖が周りを見渡すと、たしかにいつもは見ない研修生がチラホラいた。
「そこで、レッスン内容だが…。即興で作った歌を歌ってもらう!」
相良のいきなりの発表に、研修生たちは一斉にどよめいた。
もちろん璃玖も動揺を隠せなかった。
(即興で…歌う…?!しかも…みんなの前で…)
オーディション以降、人前で歌ったことがない璃玖は、考えただけで頭の中が真っ白になった。
ただ、璃玖だけでなく、まわりの研修生たちもお互いに顔を見合わせて不安そうな顔をしていた。
「まぁ、基礎クラスはもちろん、初級クラスも初めてのレッスン内容だ。不安なのもわかる」
そう言いながら、相良は何か思い出すかのように眉間に皺を寄せ、腕を組んだまま何度も頷いた。
「ただ、今後エチュードっていう即興劇の練習もあるから、今のうちにこういうことに慣れてもらおうと思っている。まぁ、今日は度胸試しぐらいのつもりでいいからな」
研修生たちはそれぞれ頷きながら「なるほど」と納得していたが、璃玖だけは話に全くついていけていなかった。
「映画やアニメ、舞台、なんでもいい。作品をイメージして自分で好きなように歌ってみてくれ。サビだけで構わないし、既存の曲に自分で歌詞をつけても構わないぞ」
そう言って相良は名簿を広げると「じゃあ、先輩の初級クラスからいくかな」と言って、初級クラスの研修生を順番に名前を呼んでいった。
名前を呼ばれた研修生は輪の真ん中に立ち、次々と披露していくが、即興で歌うというのは難易度はだいぶ高かった。
そのため、既存の曲の歌詞を少々変更したものを歌う研修生がほとんどだった。
中にはミュージカル風に歌ったり、定番アニメソングでキャラクター紹介を歌詞にして笑いをとる研修生もいた。
そんな和やかな雰囲気の中、璃玖だけは他の研修生がどんな風に歌っているか、全く耳に入らないくらい余裕がなくなっていた。
(うた…歌…どうしよう…)
何か考えなければと璃玖は必死になるが、そんな状況で思いつくわけもなく、時間ばかりが過ぎていってしまった。
「最後は…神山璃玖!」
「…は、はい!」
とうとう相良に名前を呼ばれ、璃玖は反射で返事をしてしまったが、頭には何も思い浮かんでいない状態だった。
俯きながら輪の真ん中に立つが、どこを向いても自分を見つめる視線を感じ、璃玖は緊張で手が震える。
(うぅ…みんなに見られている…)
中々歌い出さない璃玖に、最初は静かった他の研修生たちも次第にザワつき始める。
ヒソヒソと隣の研修生に耳うちする声や、クスクスと笑い声が聴こえてきて、余計に璃玖は何も考えられず、追い詰められてしまう。
(もう…逃げ出したい…)
そう考えてしまった璃玖は「歌えません」と言いかけたところで「神山!」と名前を呼ばれ言葉を遮られた。
名前を呼ばれた方を振り向くと、一人の研修生と目があった。
(…八神 …一樹 …君)
目があった研修生の顔と、廊下に貼り出されている写真が一致して璃玖は名前を思い出す。
少々色素が薄い短髪の茶髪がアクティブな印象の一樹が、真剣な顔でまっすぐと璃玖を見つめていた。
「目瞑って、考えてみろよ」
そう言われて一樹のアドバイス通り、璃玖は夢中で目を瞑って考える。
(考える…うた…歌…曲を…イメージ…)
目を瞑ったことで璃玖は落ち着いて考えることが出来、ふと、頭に一冊の本のことが浮かんだ。
好きな人を一途に思い続けるが結ばれることがなかったという、大人の恋は難しいと子供ながらに思った本だった。
(落涙…離愁…いつかみた夢…)
本の情景を思い出しながら言葉を紡いでいくと、璃玖の中で自然とメロディーが湧き上がってきた。
そのまま璃玖はゆっくりと深呼吸をして、自分の中に浮かんできた曲を歌い出す。
(好きな人が自分を見てくれないというのは、どのくらい辛いのだろう…)
そんな気持ちを想像しながら、璃玖は一つ一つの音、紡いでいく歌詞に集中し気持ちを込めつつ歌い続ける。
璃玖が歌うオリジナルのメロディーと歌詞に、相良や他の研修生たちは驚くが、騒ぐことなく、最後まで璃玖の歌を黙って聴いた。
璃玖は夢中で歌いきると、ハァハァと息切れしてしまっていた。
(なんだろう…この不思議な感覚…)
実際は数十秒ほど経過していたはずだったが、まるで時が止まていたように璃玖には感じられた。
そして、まるで自分が自分でなかったかのような感覚に璃玖は戸惑った。
だが、次第に冷静さを取り戻していくと、周りの研修生たちが自分に拍手してくれていることに気がついた。
「うん…いい曲だな。俺はすごく好きだ。歌唱力と体力は…まぁこれからだな。でも、歌詞も曲調も情景が伝わってきて、すごくよかったぞ」
そう言って璃玖に近づいてきた相良は、璃玖の背中をパシッと叩いた。
「あ、ありがとうございます!」
(やった、褒められた!)
今まで講師に褒めてもらったことがなかった璃玖は、喜びで浮かれる気持ちを抑えつつ、元いた自分の場所に戻っていった。
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