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ついにモグ様 『運命の乗船』
モグ さま
運命の乗船
しとしとと降り出した六月の雨は
薄く白いベールを庭木にかける。
瑞々しい青葉がガラス越しに揺れる
その居間のガラス窓の前。
床に座った恋人の、
ほーっとついたため息に、
「 なーに読んでるんだ? 」
と尋ねながら、
その甘く香る頸のあたりを眺められる位置に俺は腰を下ろす。
「 この本ね、今日姉貴の部屋を片付けてたら、本棚の奥に
なんか、隠されたようにしまわれてた 」
「 しまわれてた?
良いのか?お姉さんに断らずに持ってきて 」
「 うん、姉貴は家を出て行くときに、
残ったものは全部処分していいからって 」
「 相変わらず潔良いな、響子さんは……
あの調子で転職先のミラノでもイケイケなんだろうな 」
「 うん…… 」
「 杏果、寂しい? 」
「 うん、、そうだね。やっぱり寂しい。
でもね、王国。
この物語を読んでると、
寂しいって思える気持ちも相手への気持ちの裏返しなんだなってわかる 」
「 この本の?
ずいぶん読み込んでる……
でも、装丁のこの色、
地平線に流れる青から夕焼け色のグラデーションかな?
なんかいいな。
題は、えっと、
運命の乗船……」
「 主人公の少年がね、
言葉もわからないのに自分の国から船で遠く離れてしまうんだ 」
一所懸命ストーリーを紡ぐ杏果のその唇は薄い桃色で、何回か噛み締めたのか少し紅がさしている。
その筋をすっと指で掃いてやると、
その言葉の先を止めて俺の顔を見てじっと見つめる。
「 どうしたの?」
「 ううん……
その子はでも船の中で異国の男の人と出会って、それで惹かれあって……
言葉がわからないのに好きになるって、
すごくロマンチックじゃない?
きっと一生懸命に相手の気持ちとか考えてることを知ろうとするだろうし、
自分の気持ちも相手に伝えたいって、
そんな気持ちがたくさんたくさん重なって、きっと好きになったんだよね……
でもね、今ちょうど、
二人は別れてしまうかもしれないシーンなんだ。
アサはね、国へ帰る船に乗っちゃうかもしれない……
ニールはそんなアサを離すことができなくって、
でも離さなきゃならないって 」
杏果の目が真っ赤に染まり、静かにその眦から涙が溢れだす。
「 好きなのに、アサもニールも二人とも好きなのに、
せっかく愛しあえたのに、
なんで、なんで…… 」
肩を震わせその仄かな海の薫りを遺す本を胸に声もなく泣く杏果を、
俺はゆっくりと抱きしめた。
永遠になるかもしれない別離に、
哀しみ怯える恋人たち。
その二人に、
深く共鳴してしまうこの愛しい俺の
タカラモノ。
そうだよ、
恋をしてるんだ、俺たちも……
ダカラ願おう、
アサとニール、
運命の出会いから生まれた二人の幸せを。
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