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第2話

床に落ちたそれを見て、またか、と思った。 だが雪人はいつものように謝罪の言葉を口にした。 「ごめんね」 女というだけで、好意の感情を押し付けても許容される。 そんな思い上がった行動に吐き気をもよおしてしまう。 それでも表情は穏やかな振りをして少し悲しそうな顔をして見せた。 白鳥沢雪人(しらとりざわゆきと)は長めの漆黒の髪を揺らしながら足早にその場を離れた。 ギャラリー数人にその現場を見られてしまったがこれ以上長居はしたくなかった。 怒りでやや興奮しているのか白い肌が少しピンクに色づいている。 西棟四階にある第二音楽室から東棟二階の二年一組まで一度も歩みを緩めず戻ってきた。 いつもは仮面のように微笑みを顔に張り付けているが…今日は危うく剥がれそうになってしまった。 「泣けばいいと思って…!」 小さな声だったが、はっきりとした口調で呟いていた。 若干の息の乱れを整え、教室に足を踏み入れてようやく怒りのボルテージが下がったのは幼馴染みの姿がそこにあったから。 黒瀬純(くろせじゅん)は雪人の従兄弟だ。 クラスメイトであり、幼馴染みであり、親友。 友人の少ない雪人にとって純はただ一人、いなくてはならない人物だった。 「また怒ってる」 近づく足音で振り返ることもなくそう言った。 「怒ってる訳じゃない」 純はカンがいい。気づかれないように苛立つ感情を無理に押し込める。 雪人は純の目の前の席に片手を付き、見下ろすようにして言った。 「いつもいつも、おなじ言葉ばかり聞いているから…嫌になっただけ」 雪人が女子に呼び出されている間、純はいつも教室で彼の帰りを待つ。 そして雪人が戻ってくると教科書に目を落としたまま雪人の愚痴を聞くのだ。 「今日は…一年生?」 モテるよね、と言う純の口調は事務的だった。 「雪人は誰かと付き合ったりしないの?」 純の何気ない言葉に雪人の肩が僅かに揺れた。 「…興味ないね」 あくまでも平静を装って、跳ねる鼓動を気づかれないようにそう答える。 「純こそ彼女とデートしないのかよ」 と、ここで初めて純と目が合った。 「実は雪人、好きな人がいる…とか?」 鼓動が激しく打つ。 気付かれてはいけない。 「…どうかな」 はぐらかすように答えて上着に袖を通し、学生鞄を持った。 「図書館に行く」 雪人の言葉と同時に純が席を立ち、先導して教室を出た。

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