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第3話
階段を下り校舎を出ると中庭にある温室に連れ立って入った。12月とは思えない温度に管理しているせいか薔薇が咲き乱れている。むせかえるような甘い花の香りに雪人は頭の芯が犯されるような錯覚に陥る。だがそれがわかっていながらいつも二人で薔薇園を通り抜けて図書館に入っていくのだ。
雪人は書棚を一周し、窓際のテーブル席で待つ純の元にたどり着く頃には五、六冊の本を抱えていた。
物理、文学、天文…雪人は自ら本の虫だと自覚するほどの読書家でほぼ毎日この図書館に通う。
学校付属であるが蔵書は公立の図書館並にあり、特に専門書のような書籍が豊富にある。
初代学園長の唯一の趣味が書籍収集だったようだ。
「あのジイさんいい趣味してるな」
「祖父に対する言葉じゃないよね」
声を潜めることもなく言い放つ雪人に純が呆れたように言った。
「いいんだ。誉めてる」
「…へぇ…」
誉めてるのはこの図書館だけ、それを知っていても純は知らん顔をして相づちを打った。
高校一年生の少々生意気な物言いが出来るのは二人でいる時だけ。
顔には出さないが雪人は純と二人きりで好きな本に囲まれているこの時間が好きだった。
「…雪人、時間」
「もうそんなにたつ?」
雪人は今日、十六才の誕生日を迎えた。
誕生日を祝うために夜パーティーが行われる事になっている。
「嫌だな…」
純と二人でいる気安さから本音が漏れた。
「儀式だから」
儀式…。
そんなものなのか。
「純の時はどうだった?パーティーが終わる頃、姿が見えなかったけど」
「…あぁ、そうだな…」
純は雪人より三ヶ月早く生まれた。
「…大したことなかった」
「…?」
雪人の問いに答えてはいないのだが、頬杖をつき何かを思い出しているような純の素振りに雪人は口を閉じた。
雪人と純は従兄弟で家は同じ敷地の中に隣り合って建っている。雪人の父親の弟が純の父親だ。
16歳の誕生日に許嫁が紹介される。
純も例外ではなく遠縁の美名子の名前があがっていた。
自分にも見たこともない許嫁がいるのだろうか?
純は許嫁を受け入れたのだろうか?
無意識の中でじっと純をみつめていた。
「…行こう、雪人」
純に呼び掛けられ、雪人は無言で立ち上がり数冊の分厚い本を貸し出しカウンターに持ち込んだ。
パーティーなんてつまらない。
純とこっそり抜け出してご馳走をつまみながら読書をしよう、雪人はそんな事を一人考えていた。
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