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第1話
その青年が俺の庵を訪れたのは、積もった雪が橙 色に染まる、空気の冴えた夕刻のことだった。
「はりの先生ですね。突然参りました不躾をお許しください。私は陸奥 と申します。先生は、どのような病でも治してくださるという噂を聞いて伺いました。治療をお願いできませんでしょうか」
つぼんだ番傘を杖のように持ち、紺袴の裾を濡らした青年は、切れ長の目で俺をまっすぐに見据えてそう尋ねた。
とりあえず、妖怪や山賊の類ではなさそうだ。俺はそう判断し、陸奥と名乗った青年を三和土 に招き入れた。彼は皮のブーツについた雪を払い、一礼してから敷居を跨いだ。
「…… どうやってここへ?」
「汽車で駅まで。山の麓までは人力車に乗せてもらい、そこから小一時間ほど歩いたでしょうか。雪が止んでいて幸いでした」
昨夜から降ったり止んだりの天気で、積雪は大人の膝まである。山道にところどころ立札を出しているとはいえ、白銀の山中を一時間も歩いて来るとは。
よほど急ぎの治療なのかと、俺は彼の身体にざっと視線を走らせた。
顔色は白く肌が乾燥しているが、山を歩いたせいか頬が紅潮し、唇の色も悪くはない。黒髪には濡れたような艶があり、栄養状態にも問題はなさそうだ。ときどき空咳をするが、肺が弱っているような汚い音のするものではない。
外套 の下には厚手の木綿の着物。その胸元に、白い立て襟のシャツがのぞいている。袴にブーツという出で立ちから、比較的裕福な家の学生か、どこかの屋敷の書生という印象を受けた。
「失礼します」
陸奥は上がり框 に腰掛けると、ブーツの紐をほどき始めた。寒さでかじかんだ手がうまく動かない様子を見かねて、三和土に下りて彼の冷たい手をどかし、それを脱がしてやる。
濡れた両手を腰で拭うと、柚葉色の作務衣 が山の泥で少し汚れた。
「足袋 がビショビショだ。このままでは凍傷になるぞ」
半ば凍った足袋も脱がせ、赤く腫れたつま先を両手で包む。
冷たい雪に濡れた袴の裾が、白い脚に張り付いている。まずは暖かい部屋へ連れていくべきだろう。
「ついて来い」
短い廊下を突き当たりの部屋へ進む。この雪の中を訪れる者があるとはつゆほども思わず、散らかり放題の部屋に布団は敷きっぱなしである。
人を通すのは少し気がひけるが、暖がとれるのはここしかない。
襖を開けると、物が散乱した部屋から暖かい空気が流れ出た。
「濡れたものは全部脱いで、この浴衣に着替えろ。俺は薬湯を用意するから、着替えたらストーブにあたって待て」
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