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第2話
気圧されたように部屋を見回す彼に患者用の浴衣を投げると、俺は引き出しから湯呑み茶碗と土瓶 を取り出した。
凍てついた厨房に行かずとも用が済むように、必要な物は殆どこの六畳間に集めてある。
土瓶に薬湯の材料を順に放り込み、だるまストーブにかけていた薬罐 の湯をゆっくり注ぐと、真白い湯気と嗅ぎ慣れた薬草の匂いが鼻の奥をくすぐった。
土瓶に蓋をして、ストーブの上に置いて煎じる。代わりに下ろした薬罐に水を足してから振り向くと、陸奥はすでに白い浴衣に着替え、濡れた着物を腕にかけて俺を待っていた。
濡れた着物を受け取り、順に衣紋 掛けに通してなげしに掛ける。ストーブの熱で、明日の朝には乾くだろう。
全てを渡し終えた陸奥は畳の上に正座すると、俺に向かって手をつき、頭を下げた。
「着いて早々に、お世話になりました」
「いや、無事で良かった。それより足を崩せ。血行が悪くなる。ちょっと見せてみろ」
俺は畳に膝をついて陸奥の足をとると、十指を順に動かした。
濡れた足袋に包まれた足の指が壊死 するのは、意外に早い。ブーツの中では指が満足に動かせず、冷える一方だからだ。足指に爪を立てると彼の膝から下がビクリと跳ね、その反応にホッと息を吐いた。
「悪いな。麻痺していないかどうか、確かめただけだ」
「…… 先生は、医者でもあるのですか?」
「いや、ただのはり師だよ。しかもやぶだ。どんないい加減な噂を聞いてきたのかは知らないが、こんな山の中にまともなはり師が住んでるわけねぇだろう」
「医者が匙を投げたような重い病でも、はり一本で治す天才はり師だと聞きました。その噂を聞きつけて全国からやって来る患者で、春から秋までは休む間もないのだと」
「だからこんな真冬に、雪をかき分けて来たのか、お前さんは」
「そうです」
「参ったな…… それで、病なのは誰だ?おっ母さんか、妹か、それとも旦那さまの名代 か?」
「私自身です。できれば今からでも、治療をお願いしたいのです」
「…… どこが悪いんだ?」
「まず、頭痛と腹痛があります。吐き気がして、立ち上がると目がくらみます。それに何ヶ月も咳が治りません。夜はあまり眠れず、食欲もありません。ひどく身体がだるく、部屋から出るのも億劫です」
症状を列挙した陸奥は、こんこん、と、とってつけたような空咳をした。
仮病です、と言っているようなものだ。
それほどの自覚症状を抱え、そもそも部屋から出ることすら疎う者が、雪の中こんな山奥に来るはずがない。
何かある、と俺は悟った。
この青年は病気ではない。俺の治療など必要としていない。
同業者が送り込んだ間者か。
かつて治療した患者の家族が、治療費の返還を求めるためにインチキな治療だと確認しに来たのかもしれない。
「俺の治療費は高いぞ。それは噂になっていないのか?」
そう言うと、陸奥はストーブのそばに置いていた肩掛け鞄から茶色い封筒を取り出した。
「これで足りますか」
渡された封筒には紙幣の束が入っており、足りないなどということはなさそうだ。
「お前、何者だ?こんな大金…… 」
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