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小説家くんと家政夫くん──1
「──初めまして、今日からよろしくお願いします!」
そう声が聞こえて、誰だ、と玄関の扉を開けた僕──日向平介 は数秒、時が止まった。
「…………はい?」
やっとで反応したが声はこの通り。玄関先には背が高い男が立っている。おそらく僕よりも年下で、初めからの微笑みはまだ崩れない。
「えと……あの……?」
どうしてもわからずまた僕は、誰だ、と首を傾げる。すると男も困ったように微笑みから眉毛を下げた。
「お仕事の担当さんから聞いてませんか? 俺、今日からここで家政夫するんですけど」
そう言った男に僕は飛び上がるほど驚いたのだった。
「はぁ!?」
───小説家くんと家政夫くん──
僕の自宅は中古の一軒家。とりあえず男を家に入れた僕はすぐに仕事部屋に戻り、まだ使っているガラケーで犯人に電話をかけていた。僕の仕事は小説家──三咲花汰 の担当編集である犯人、楠木 さんにだ。ぼそぼそ、と聞こえないように声を落とす。
「──家政夫とか聞いてないですよ?」
『言いましたよー』
電話先の楠木さんは明るく話す。
『先生の部屋きったないし、きったないし、きったないし』
うっふ、三回も言わなくてもいいのでは。
『それに食事も疎かにしてますよね。今週一度でも満足にとりました?』
反論出来ず、無言の返事に楠木さんが、ほらね、とやはり明るく言う。そうしていると静かに仕事部屋のドアが開けられ、隙間から男が顔を出した。
「──電話中にすみません……あのー、三咲花汰先生で間違いないですよね?」
僕は戸惑いつつも半分だけ振り向いたまま頷く。
「本名、えーと、日向平介さんですよね?」
また、うん、と頷くと男も一緒になって、うんうん、と頷く。確認だったようで、電話どうぞ、とまたリビングへと戻ったようで。
『三咲先生?』
「あ、はい、います。あの、あまり勝手な事されても──」
『──この前倒れられたじゃないですか。ご友人でしたっけ? 連絡来た時はびびりましたよー』
そう、僕はつい先月、不摂生が祟りぶっ倒れたのだ。二、三日入院でなんとかなったものの医者に担当に友人とこっぴどく叱られたのは記憶に新しい。しかし状況は相も変わらず無頓着で大雑把に言うと、ずぼら、というやつなのかもしれない。家の中は自分で言うのもなんだがとても散らかっている。しかし特別気にしないというか、なんというか。男もどこに居ていいのか困ったのか、そっと廊下に出てリビングを覗くとやはり。お菓子や飲み物の空箱に袋、開きっぱなしの本や雑誌に脱ぎ散らかした洋服を踏むまいと跨いでは跨いでいた。ソファーは一応あるが前記通りの惨状で腰を下ろす場所もない。
そそ、と携帯電話を片手に仕事場に戻った僕はデスクチェアーに体育座りする。
「……でもですね──」
『──心配しているんです。どうやら少しも改善されていませんし、二度と倒れて欲しくありません』
ぐうの音も出ない。心配をかけてしまったのは僕で、これからの心配を考えてくれている。僕一人でそれが打破出来るか──無理だ。
『これは決定事項ですから。あ、締め切りは来週頭、変更はなしでよろしくお願いしますねー。じゃ』
「えっ、ちょ、待っ──」
楠木さんは言うだけ言って電話を切ってしまった。しばし画面を見て、ぱちん、と閉じる。
あー……何も言わせてくれなかったー……ずるいー……。
携帯電話を机に投げ置いて、立ち上がった僕は足元に散らかるゴミを軽く蹴りながら廊下へと出た。男が待つリビングはすぐそこ。
……あの子が家政夫って、マジ?
色々と腑に落ちず、どうやって断ろうかと頭をぐるぐるさせながらドアノブに手をかける。楠木さんの決定事項は百発三中くらいの確率で覆す事が──出来るかなぁ。
ええい、とドアを開けると、男がいなかった。いや、ちょうど開けたドアの裏側にいるのだと、がさごそ、という音でわかった。
「──あ、電話終わりました?」
「お、終わった、けど……何してる、の?」
「掃除です。どこもかしこも汚いので!」
爽やかに言われてしまった。彼は僕よりもうんと大きい体を折り曲げて、てきぱき、と完全にゴミとわかるものを同じように投げていた袋に入れていたのである。
「や、や、ちょっと待って。まだ君を雇うって決めたわけじゃ──」
「──えっ!?」
驚いた彼はすぐさま立ち上がり僕の肩を掴み、後ろ手に閉じようとしていた扉に押し付けてきた。
「困ります! せっかくの仕事なんです!」
そんな事を言われても、と僕はたじろぐ。至近距離の顔も必死さは伝わるが離れていただきたい。しかしどうやって彼を帰そうか上手く言葉が出てきやしない。
「……わかりました」
お、帰ってくれるのか、と思いきや。
「俺がちゃんとやれるってのを見せるんで待ってていただけますか」
予想した言葉ではなく、ぽかん、としてしまった。掴んでいた肩は離され、くるり、と回れ右されたかと思ったらドアを開けられ廊下に出され、そしてドアが閉められた時、僕は、はっ、と我に返るがすでに遅し。なんと彼は僕を追い出したのだ。
家主を……えぇ?
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