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小説家くんと家政夫くん──2
約一時間後、リビングに入る事を許された僕はそのドアを開いた。するとなんという事でしょう。
うわ……ほんとに僕ん家?
待機していた仕事部屋と同じくらい散らかっていたリビングだったというのに、どこにもそれが落ちていなかったのだ。初めて入る部屋のように、そろり、と歩いて、きょろきょろ、と辺りを見てしまう。散乱していた洋服もきちんと畳まれ、洗濯必須というものは隣に山になっている。雑誌や本なども分類別の大きさ別に積まれていた。テレビの前のガラステーブルも、ぴかっ、と電気の光が反射しているし、行方不明だったエアコンのリモコンもテレビのリモコンと正しく整列している。しおれかけていた観葉植物も開けられたカーテンから入る太陽にあてられていて、外から射す光がこんなに眩しいのかと初めてではないくせに目を細めた。リビングと続きになっているカウンターキッチンも皿やコップ、食べかけのものが全部片付けられていた。
圧倒された僕は自分の家だというのにどこに居ればいいのやら、と立ち尽くす。こんなに広かったっけ、が正直な感想だ。
「まだ手を付けたいところはたくさんありますが、あらかた片付けた方だと思います」
えぇ……十分綺麗なんだけれど?
「時間いただいてありがとうございました。よかったらこれ、どうぞ」
彼はそう言うと、ことっ、とそれを置いた。僕は腰を引きながらも近づき、久しぶりに座る丸いカウンターチェアーに腰かける。白いカップに、黒い飲み物。この香りは、僕が好きな匂い。
……なんで僕が好きな飲み物──。
「──カフェオレの空き箱がいっぱいあったのでお好きかと。牛乳はありませんでしたが賞味期限がぎりのインスタントと、甘いのがよければコーヒーフレッシュも見つけておきました」
そう話す彼の顔をようやく、ちゃんと見た気がした。明るい場所が似合う、年下の男の子だ。僕より背は高いけれど残る幼さが微笑みに出ている。
「いただき、ます」
「はい」
コーヒーフレッシュを三つ入れる。
「……美味しい」
上目で彼を見ると、一瞬だけ、くしゃ、とした笑みを見せた。そして洗ったばかりの食器らを拭いては棚に片付けていく。二口、三口、とカップに口をつけたまま僕はてきぱきと動く彼の後ろ姿から、改めて綺麗になったなぁ、とカウンターチェアーをくるりと一周しながら見て感心する。また彼の背中を見て、聞いた。
「……君、名前は?」
僕の声に彼は振り向く。
「橘 です。橘司郎 」
橘司郎君、タチバナ君──シロー君の方が呼びやすいかな。
「シロー君。改めまして、日向平介で三咲花汰です。とりあえず……様子見? って事で、いいかな?」
ここまでしてもらって無下にも出来ない。それに彼の言う通り、彼はちゃんとやってみせた。はっきりとお願いしないのは、楠木さんの強引な企てを飲み込みたくなかったという大人げない理由だ。しかしそんな事を知らない彼は無邪気に笑顔を見せてきた。
「本当ですか!? やった、よろしくお願いします! 俺、頑張ります!」
あー……悪い事しちゃったかなぁ……。
喜びの大きな手は僕の前で待っている。
ごめん、と思いながらも僕は家政夫となったシロー君と握手したのだった。
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