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小説家くんと家政夫くん──3
様子見と決めてから数日、シロー君は家政夫として僕の家に通い出した。朝八時頃に来てはあらゆる家事をしてくれるのだが、彼の能力には驚かされるばかりだったリビングやキッチンは言わずもがな、いつの間にやら僕の仕事部屋まで掃除されていたのだ。机で眠気から意識をなくして──うたた寝ともいうが、起きた時は本当に目が覚めた。僕の周りだけ見違えていたからだ。本棚があるのだが、種類別に並べ直してくれているし、ゴミかそうではないかは全て確認できるよう分別してくれていた。確認後は的確に片付けてくれて、二日ばかりはある意味遭難した感覚に襲われたものだ。
そして寝室も同様、僕が仕事部屋に籠っているときにやってくれたようで、また意識が遭難した。開きっぱなしだったクローゼットの扉がまず閉まっている事に驚いた。床を普通に歩けるという事がそういう事なのだが、とクローゼットの中を見てまたも驚く。服が店屋のように綺麗に整理整頓されていたからだ。貰いものばかりの服は捨てるに捨てられず、いつも着るものは適当に掴んだ無事な服ばかりのお洒落にはとんと無頓着な僕なのに、申し訳ないという気持ちが芽生える。今もパーカーに七分丈のボトムというラフな格好でもちろん裸足だ。
ふと、リビングにある観葉植物の横を見ると、小さめのサボテンが三つほど並べられていた。どうやらこの子達もリモコン同様に行方不明から発見されたようだ。今は太陽の光をさんさんと浴びている。なんとなく、ごめん、と植物達に呟いたのは言うまでもない。
洗濯も一週間に一回もしたくないなぁという気構えだったが、ここのところ毎日洗濯機を回されている。服やタオルの数を考えればその通りだが、ベッドシーツやカーテン、ありとあらゆる物を洗いたいとシロー君から懇願にも似た申し出があったので断れなかった。それでも綺麗なタオルは気持ちいいし、穴が開いた靴下は恥ずかしかったしと面倒臭い以外はいい事尽くめだった。
僕が何より一番嬉しかったのは料理だ。コンビニやマーケットで買ってきたお弁当やパン、ほとんどがお菓子を片手間に食べていたのが普通だった。まぁまぁ好きだなと思うものをお腹が空いた時だけ口に入れていたわけだが、栄養など全く考えずにとりあえずの食事とも言えない行動は叱られて当然だ。倒れた時も軽い栄養失調と言われてしまっていた。そして改めて自分が食べていたものが冷めていたか。
温かい料理って、いいな、って思った。
アレルギーやどうしても苦手なものの確認も怠らない彼に今のところ欠点はない。和食から洋食、家庭料理なら全般作れるらしい。
それから一番嬉しかったのはいいタイミングでカフェオレを淹れてくれる事だ。僕は中毒と言われても厭わないほど好きなので本当に助かった。それも毎回淹れ方を変えてくれるというオプション付きだ。アイスにホット、インスタントにコーヒーミルなんてどこから発掘したのやら。
そして本日。
「……あ、そっか。時間」
夜八時頃の時計を見て呟く。キッチンそばのテーブルには夕食とメモが置かれていた。仕事の邪魔をしないようにとの配慮からだろうけれど、一声くらいなんて事ないのでそれは言っておこう。それとシロー君の欠点とは言わないけれど発見もあった。メモの隅にある、それ。
……字、綺麗だけど、絵、へったくそ。
猫か犬か虫かわからない落書きに、にゃーん、の文字はずるく、見た瞬間久しぶりに噴き出した。置かれていた夕食を温めようと、ゆで卵を作ろうとして爆発させたまま放置していた電子レンジに持っていく。再び爆発しませんようにと祈りながら、完成。ああ、こういう風にテーブルで食事するのもシロー君が来たおかげか。
「……いただきま──」
と、手を合わせた時だった。勝手に開けられた玄関の扉の音とずかずか入ってくる足音はあいつしかいない。
「──うーい、生きてっかー? 飯もってきたけどお前、廊下キレー、に……」
一言お邪魔しますなどがあれば担当の楠木さんで、ただいま帰りましたなどがあれば家政夫のシロー君で、このように顔を見る直前に声をかけるのは目付きが悪い眼鏡の、僕の友達。
「生きてるよー、ユーキ」
柳井結希 は高校時代からの腐れ縁で、仕事帰りに連絡ありなしでやってくる。ちなみに僕が倒れた時の第一発見者だ。しかしどうしたのか、ユーキはドアノブを握ったまま固まっていた。首は動かず目だけ上下左右に動いている。
「……間違えました?」
「合ってる! 僕ん家だから!」
僕は帰ろうとしたユーキを慌てて引き留めたのだった。
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