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小説家くんと家政夫くん──4
「──へぇ、絶対ヘースケが片付けたんじゃねぇとは思ったけど、家政夫ねぇ。しかも年下の男ぉ」
セレブー、と茶化すユーキに僕は口を尖らせる。別に僕がそうしたわけじゃないやい、と説明したにも関わらず言いたい事を言ってくるのは長年の付き合いがそうさせる。当時からチビなせいで幼く見られがちな人見知りの僕と、目付きが悪く人付き合いがほとんどないユーキは、変な組み合わせ、と揶揄されてきた。今は作家と会社員という肩書きに変わったが、僕達は昔も今も変わらない。
「僕も困ったんだけどこの通り……胃袋掴まれちゃった的な」
今日の夕食は野菜たっぷりのスープに豆腐を使った和風ハンバーグで、彩り良くて栄養もばっちり、みたいなのがテーブルに並んでいる。ケチをつけるところなどなく、一口食べては優しい味に頬が緩んでしまう。
「ふーん……」
「あ」
と、頬杖をつきながらビールを飲んでいたユーキは僕のハンバーグを盗み食いされた。無言で食べるその顔に僕は、ん? と気づく。
「何?」
少々の変化くらい僕達の付き合いですぐにわかる。変に無言になる辺りは一人思考をするユーキの癖だ。簡単に言えば、ちょっと不機嫌なやつ。悪い目付きがさらに悪い。というか、不機嫌になる要素はどこに、と僕はそっちの方が気になった。
「いーや? なんでもね」
そういうなら話はここまで。深く聞くつもりはない。
「そうそう、買ってきたぞー。お前の血液」
するとユーキはコンビニの袋からカフェオレを取り出した。いつも手土産として持ってきてくれるが、ここ数日僕は飲んでいなくて久しぶりな気分。すぐさまストローを挿して一口飲んで、あれ? と思った。首を傾げながらもいつも飲んでいた、好きだったものだと確認する。
「……こんな味だったっけ」
飲み慣れているはずなのに何か違う気がしたのだ。美味しくないわけではないのだけれど、うーん、とストローを噛む。
そうしているとユーキが部屋のあちこちを見ている事に気づいた。こんなに片付いているのが初めてだからか、落ち着かないのか。
「何?」
「んー、ほんとにヘーちゃん家かなって」
「ヘーちゃんって言うな!」
────
今日もシロー君は家政夫として家事をこなしてくれている。煩くもなく鬱陶しくもない。ほぼ仕事部屋に籠っているせいでもあると思うが、慣れた、というのは確実にあった。今日の彼の作業は庭の手入れだ。最初は庭があるのっていいよな、と思ったものの、あっという間にプチジャングル状態になっていた。こんな事までやってくれるとは思わず、しかしやってくれるなら、とお願いした。
僕はいつも通り仕事部屋のデスクチェアーに体育座りの格好で、パソコンのキーボードをかたかた打っている。
んー……。
手を止めてパソコン画面を眺めて考える。そしてデスクチェアーをぐるっ、と回して座ったまま本棚へと足で漕いだ。目当ての資料は、と上の方にあったが立つのも面倒、指の先しか出ていないニットの袖を捲るのも面倒、と万歳の形で腕を上げて、袖から手を出して、さっ、と本を取る。しかし無理矢理が過ぎてバランスを崩してしまい慌てて、だんっ、と踏みとどまり事なきを得た。
あぶな……転ぶとこ──。
「──ふはっ」
お?
ふと声がして顔を上げると、少し開いたドアからシロー君が覗いていた。瞬間、今の行動を思い出して恥ずかしさが熱となって顔に上る。
「ノックしたんですけれど、すみません。そろそろお茶をと思って持ってきました」
シロー君の手にはトレーにマグカップ、それと軽いおやつか小袋にわけてあるクッキーが二枚あった。
「……くふっ、駄目だ。ごめんなさい、ハナさん面白くって」
彼は家政夫としての時間、僕の事をペンネームの花汰から、ハナさん、と呼んでいる。
「ミルク多めです。失礼しま──ふっ」
まだ笑いが止まらないか、肩を震わせながらシロー君は足早に部屋を後にしてしまった。僕はまだ閉められたドアを眺めていて、ばっ、とクロスした腕で顔を隠し体を折りたたむ。
くぅー……ちくしょー、恥ずかしー……っ。
それから少ししてまた、デスクチェアーを足で漕いで机に戻ったのだった。
……くぅー……っ。
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