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小説家くんと家政夫くん──5
楠木さんとの電話連絡が終了し、僕はリビングのソファーに寄りかかって軽く背伸びする。抱えていた仕事の一本が無事終わったのだ。まだ他の仕事があるが、少しの間ゆっくり出来る、と頭の中でスケジュールを組みながらお尻を滑らせて、だらっ、とした体勢をとる。
そうしていると玄関から音がした。
「おかえりシローくーん」
「あ、ただいま戻りました。いち段落ついたんですか?」
「そ。終わったよー。夜食までありがとうね、助かりましたー」
昨日まで缶詰めだった僕に合わせてシロー君は動いてくれていたのだ。濃いめのコーヒーにミルクちょい入れはまた一つ僕のお気に入りに追加だ。
「いえいえ。お疲れ様です、ハナさん」
エコバッグなんてこの家にあったっけ、と思いつつすぐにキッチンに向かうシロー君を目で追う。手を洗って、としているとシロー君は一度僕を見て、逸らして、もう一度見てきた。
「──あの」
「ん?」
言いにくそうな出だしにすぐさま反応してみせる。手を拭いてソファーの方に戻ってきたシロー君は少々俯きながらこう言った。
「……結構経ちますが、そのー……雇用の方はどうなってるんでしょうか」
……そうだったー、忘れてたー。
言い出しにくいのも無理はない。僕はまだはっきりと、雇う、と言っていなかったのだ。様子見は、ずるずる、と何週間も続いてしまっている現状、彼はさぞもやもやとしていた事だろう。僕は口を開けたまま思考を巡らせる。
家政夫としてシロー君の仕事ぶりは完璧、想像以上と言える。このまま居てくれた方が圧倒的に助かるのは必然だ。何より僕の体調がそう表れている。倒れる前よりも随分と良くなった元気なのは言うまでもない。金銭的な問題もなく、ならもう結論は出ている。断らないでいい、と。
俯いたままのシロー君は手を前に組み、びくびくと判決を待っている。その姿に失礼ながらも少しだけ笑ってしまったが、僕はソファーから立ち上がった。頭一個分以上の身長差は立ち上がっても見上げてしまう。
「──シロー君がよければ、引き続きお願いします」
そう言った瞬間、シロー君の顔は、ぱっ、と晴れた。飼い主を見つけた大型犬のようなその顔はやはり年下の男の子の顔だ。
そして、その顔が見えなくなったのはすぐだった。
「──むぅっ!?」
どうやら僕はシロー君に抱きつかれたようで、体格差から、すっぽり、と包まれてしまったようだ。胸元に押し付けられた鼻が少々苦しい。
「あっ! すみませんっ、嬉しいと口より先に動いちゃうと言いますかっ」
ぱっ、と離れて申し訳なさそうにするシロー君の顔はまだ明るい顔をしている。謝っているのかいないのか、そんな彼に僕も自然と笑みが零れた。しかし気恥ずかしいのもあってか、エコバッグに入ったままの食材を置き去りに、風呂掃除してきます、とシロー君はリビングから逃げてしまった。置いてけぼりにされた僕はまたソファーに倒れるように座り込んで、二十七歳の大人の僕に照れるなんて、とまた頬が緩む。どんなに大きな体でも、中身はまだ十九歳の家政夫。
照れ隠しなんて、可愛いとこあるじゃん。
────
「──それではこれで失礼します。お疲れ様でした」
正式に雇ってから数日後、食事の用意を終えたシロー君は外したエプロンをバッグに直し、ソファーにいた僕にそう言った。彼ももう慣れたと思うのに家政夫中はしっかりとした対応を崩さない。見習うべきかと毎回はっとするが、最初から今までずぼらな部分を見られていて今更、というのが拭えないし忘れるという僕だ。
「お疲れ様ー……」
と、シロー君と交代でキッチンに入った僕は今日の夕食である鍋の蓋を開ける。ほわっ、と湯気が立ち上るメニューは、シチュー。おかわりと夜食の分も考慮してくれるのかいつも二人分くらい作ってくれるので今回もその量だ。
「……ねぇ、シロー君も食べてかない?」
「え?」
突然の提案にシロー君は目を丸くさせて驚いている。もうバッグを肩に担いで帰ろうとしていたのだからそうだろう。
「いえ、その……いいんですか?」
彼は朝食は自宅で、昼食は僕の家で賄いと称して少しの食材でいいので、というのでどうぞと言ってある。前に見かけた時は残り物を使った二種のおにぎりとお漬物、パンに焼けたマシュマロと溶けたチョコレートをかけたトーストなど僕には難しいが簡単なものを食べていた。それもきちんと使用料金を計算している徹底ぶりだ。
「よし、決めた。昼食と夕食は完全賄いにしよう。せっかくのご飯、一人で食べるのも味気ないなぁとか思って……って、美味しいんだけどさっ」
実は僕は、一人ご飯、というのが少々苦手なのだ。だから何かの片手間に簡単に済ませてしまったりして、味わうなんてのはほとんどしなかった。しかしシロー君が来てからご飯が楽しくて仕方がない。あとは一人を解消するだけなのだが、さすがに小さな子供みたいな事を言ってしまったかと気恥ずかしさが込み上げて顔を背ける。大人で年上の男が何を言ってるんだろうと思われそうだ。
「……じゃあ、お言葉に甘えます」
お?
顔を戻すと、にんまり、と笑うシロー君がバッグを隅に置いてキッチンに入ってきた。流れるように棚から皿を取り出して、隣に並ぶ。
「誘ってくれてありがとうございます。それと提案、なんですが」
何だろう、と見上げるとシロー君は言いにくそうに一度上を向いた。
「一応、仕事時間は終わったので、ここからは仕事なしな感じでもいいですか?」
彼らしい提案だ。夜七時を終了時間としていて、今は三分ほど経過したところ。
「うん、いーよ。強制ではないし、お互い用があったら断ってくれて構わない、っていう感じでいこう」
「はいっ! じゃあ早く食べましょう、腹減ってるんですっ。ハナさん──じゃなくて、ヘースケさん、これにお願いします」
初めて、しかも下の名前を呼んでくれたのには面食らったが、僕も下の名前で呼んでいるのでおあいこか。少し浮かれているシロー君が見れたでいいとするか、と僕達は仕事関係から少し離れた、先輩後輩のような感じで楽しく食事を共にしたのだった。
「うっ……白いブロッコリ苦手……」
「残さないで食べてくれると嬉しいですっ」
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