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小説家くんと家政夫くん──6
食事を一緒に、と言ってからほぼ毎日のようにシロー君と食卓を囲んだ。それは昼食だったり夕食だったりとまちまちだ。僕が若干夜型というのもあるせいで時間が合わなかったりと理由は様々。休憩のお茶も追加されたのはとてもいい息抜きになったりもした。そうやって顔を合わせる時間が長くなったためか、随分と距離が縮まった気がする。ゴミをゴミ箱に投げ入れようとして外れて、そのままにしていたら怒られたり。脱ぎ散らかした服は脱衣所の洗濯カゴに入れなさいと叱られたり。嫌いなものでも食べる努力はしましょうと注意されたり。他愛のない冗談で笑い合ったり。一人に慣れきっていた時間は大事だと思っていたが、こういった時間も楽しい、と僕は思うようになっていた。
「──お前、最近ぴちぴちしてねぇ?」
「ぴち?」
今日はシロー君との夕食がなかった夜八時半頃、いつものようにふらりと現れたユーキと遅めの食事をとっていた。多めに作られたおかずを少し分けてやって、僕はビールを貰ってと酒の席へと変わっている。ユーキが差し入れする以外でお酒を飲まないので久しぶりの味だ。
くぅー……炭酸が喉にくるぅ。
「おん、顔色いーぞ。相変わらず生っ白いけどな。健康的っつーか……太った?」
そんな事はないはずだ。元々肉がつきにくいし、やつれていたのが元に戻ったくらいではないだろうか。それは目の前にある食事のおかげ、プラス、綺麗を維持された部屋のおかげかも、と僕は缶ビールを口につけたまま軽く微笑む。
「シロー君がよくやってくれてるからねぇ」
本当にそう思う。彼がいなかったら元の不摂生不衛生生活を続けていただろう。
「ふーん?」
「あ、シロー君がチーズ買ってきてくれてたんだっけ。つまみにちょうどいいかも、いる?」
と、ユーキは下唇を指でつまみつつ、眼鏡の奥の目を下に向けていた。
「──……気に入らないなぁ……」
「うん? 何?」
ひどく小さい声はまったく聞こえなかった。
「……んーや、いいや」
「そ? もう一本ビールもーらいー」
────
「ハナさん、少し出てきますが何か欲しい物はありますか?」
仕事部屋のドアを少し開けてシロー君がそう言ったのは夕方の良い時間。歩いて行けるマーケットでタイムセールがあるとかで彼はこの時間に買い物に出る事が多い。僕の方が長くこの土地に住んでいるのに知らなかったとはいやはや。
「そうだなぁ……シロー君は狙ってるものでもあるの?」
「はい、卵と牛乳安いんです。それと少し食材を買い足しておこうかと思いまして──」
「──僕も行こっかな。少し散歩したいし」
このままの格好でいいか、と僕はパーカーのポケットに手を突っ込んで部屋を出る。すると戸締りを確認してからシロー君も玄関へやってきた。エコバッグに財布と携帯電話とこれも確認を怠らない。そんな僕は何も持って行かない手ぶらだ。
「珍しいですね、ハナさんが外出するなんて」
「自分で言うのもなんだけどそうだねー。なんとなくそんな気分でさ」
スラックスに裸足を突っ込みながら、へら、と笑ってみせるとシロー君も微笑んだ。いつもは家の中だけだし、二人でどこかへ歩くというのはこれが初めて。そして僕はシロー君の新たな一面を見るのは、店についてからだった。
────
すごく機敏だなぁ、と感心した。シロー君はメモを片手に、ささささっ、とマーケット内を移動しては目当ての物を次々にカゴに入れているのだ。無駄のないルート取りと大きな体なのに込み合う人達にぶつかりもしない。僕の存在は忘れられているのか歩くのも速く、僕はもうついていくのを諦めた。ゆっくりと並ぶ商品を見ていく。
あ、これ……いつも飲んでたやつ……。
飲むタイプのゼリーで味は三種類。食事が面倒でこればかり飲んでいた時を思い出す。キッチンのテーブルではなく、パソコンの前で飲んではい終わり、な食事。これもあれも、とついこの間の事だというのに懐かしくさえ思ってしまった。
全部、冷たいんだよね……。
「──ハナさん、会計しますよ?」
「あ、はいはい」
するとシロー君は僕が眺めていた棚を見て言った。
「それ、買わないんですか?」
「ううん、いいんだ。シロー君のご飯あるし」
本音をそのまま伝えると、彼は照れたのか鼻を少し赤くさせて、レジ行きますね、と行ってしまった。そしてその背中を見送っている時、気づいた。
わー……みーんなシロー君見てるやぁ。
買い物中の奥様方や、学校帰りの女子高生達なんかも振り返っている。かっこよくない? なんて声も僕の耳に届いた。
確かに……うん、かっこいい、かも。
今まで気にしていなかったが、シロー君はまさにそれだ。すらりと高身長で、物腰も表情も柔らかい好青年といった具合。僕情報で追加するなら、家事全般出来て字も綺麗で計算も早く、欠点と言えば絵が下手なくらいだ。
「──あ、すみません」
と、先ほどシロー君を見ていた女子高生達と肩がぶつかってしまった。目が合ったかと思ったら、彼女の目が上から下へ、そしてまた上へと戻って──薄く笑われた。隣のぶつからなかった女子高生が、なんかやばくない? と笑い混じりに話して、そそくさ、と離れていく。やばいとは何か、と僕は、はっとした。ついでに店のガラスに映る自分の格好を見る。
うーわ、髪の毛ぼっさぼさ! っていうか眼鏡、服もやばい!
仕事をしている時だけかけている眼鏡をそのままかけてしまっていた。それにもう寒いというのに裸足にクロックスだし、パーカーも何年着てるんだというやつでよれている。爆発した髪の毛は手櫛でどうこう出来そうにない。すぐさまパーカーのフードを被って隠れたのだけれど、タイミング悪くシロー君が戻ってきてしまった。
「ハナさんどうしたんですか?」
買い忘れか、手にはメモがある。それよりも中腰にかがんで顔を覗き込んできた方に驚いた。
ち、近いっ!
至近距離のシロー君の顔に猫背だった体がぴんと伸びて、反るように一歩下がる。
「う、ううん、別に? えと、僕先に出てるねっ」
こんな僕と一緒だなんて本気で恥ずかしくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになって逃げるようにその場を後にした。
あーあ……だっさ。そりゃあ笑われちゃうよね……。
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