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小説家くんと家政夫くん──7
マーケットの入口にあるベンチに腰を下ろした僕は少々破れている袖口を握りながら待っていた。ここならガラスを通してレジが見えるし、人込みからにょきっと頭が出たシロー君も見える。こういう時背が高いというのは目印になっていいな、と思った。
「──やっぱヘースケか。珍しいな、んなとこで」
と、声が飛んできて振り向くとユーキがいた。携帯電話を上着の内ポケットに入れながらこちらへ歩いてくる。
「ユーキこそ。まだ仕事終わんの早くない?」
なかなかブラックな会社に勤めている彼だ。まだ明るい帰宅するなんて僕が知っている限りではない。
「こっちも珍しく直帰許可下りてな。買いもん? の割に手ぶらだな」
「買い物じゃなくてここいたら変でしょ……」
ため息をつきつつガラスの向こうの店内を見ると、シロー君と目が合って軽く手を振られた。僕も袖口から半分指を出して振り返すと、ユーキにも気づいたか会釈も見えた。
「……へぇ、あれが言ってた家政夫か」
「うん、かっこいい子でしょ。背ぇ高くてさ、皆見てくるんだー……」
そう僕が言うと、ユーキは元々細い目をさらに細めて、すっ、と被っていたフードを外してきた。そしてすかさず髪の毛をぐしゃぐしゃ、と混ぜてくる。
「何すんだよ、もう!」
「はっ、どーせいっつも爆発してんだろーが。今更何気にしてんだ」
そうだけど、そうなんだけどさぁ──。
「──比べる必要なんかねーぞ。お前はお前だろうが」
ユーキはそう言って、にっ、とした笑いを僕に向ける。もしかしたら引け目に感じていたのを察したのだろうか。いつもは素っ気ないし元気づけるなんて柄じゃないのに、それ程今の僕は変に見えたのか。何にせよ、彼らしい気遣いは少し、嬉しかった。
「……うっせ。ネクタイ似合ってねーんだよっ」
「お前よりマシだっての」
うっせ。
────
シロー君が店から出てきて合流した時、ユーキはすでにその場を後にしていた。
「さっきの方は友達さん、ですか?」
軽くでも紹介したかったのが本音だが致し方ない。
「うん、時々遊びに来るよ」
エコバッグの持ち手を片方ずつ持って、帰り道を歩きながら話す。少し重い。
「それで灰皿があったんですね。気になってたんです」
僕は煙草を吸わないがユーキは吸う。食器と同じように片付けてくれていたため今まで気にしていなかった。
「そっか──どうかした?」
と、シロー君を見上げると、彼の表情が浮かない。
「い、いえ、その──」
「──あ! 僕に友達いないとか思った? ひどいなー」
「そっ、そういうわけではないですないですっ」
焦るシロー君が面白くて笑ってしまった。友達と言っても僕の年だ。学生の頃のように皆が同じ土地にいるわけでもないし、たまに会うようなのはユーキくらいなものだ。
「冗談冗談。あいつも彼女作ればいいのにさ、僕と遊んでばっかなんだもん」
「そうなんですね……」
「シロー君は? 彼女とか──」
「──いません」
食い気味の反応に少し驚いた。もしかしたら聞いてはいけない事だったのかも、と開いた口をゆっくり閉じる。初めて、彼の声に棘が見えたから。
「……ヘースケさんはどうなんですか?」
ん? 僕は──。
「──ごめんなさい! 今はハナさんでした!」
あ、呼び方。
「ふふっ、いーよ。どっちで呼んでもどっちも僕だし」
彼は真面目だ。一度こうと決めたら簡単に崩さない。
「いえ、きちんと切り替えないとだらけます」
ほらね。さぁ、さっきの答えを言おう。
「彼女なんていないよ。わかるでしょ? ずっと家に籠ってるんだからさ」
彼女なんて学生時代からいない。今は欲しいとも思わない。何か出会いがあれば考えも変わるかもしれないけれど、言うなればこうだ。
「……好きな人、欲しいよねぇ」
言い方が違う。彼女ではなくて──心から、好きな人。
少し照れてしまって笑って誤魔化すと、シロー君は少し大人っぽい顔で微笑んでくれたのだった。
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