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小説家くんと家政夫くん──8
僕は今、凄く悩んでいる。
「うーん……」
今日はとある作家さんとの対談という仕事で外に出るため、さっきからクローゼットの前でこれでもないあれでもない、と服を出しては散らかしていた。スーツじゃなくてもいいとは言われているが、以前楠木さんに注意されたので元々の苦手から大苦手に昇格してしまったのだ。どれが正解か不正解か、全くもってわからない。
……これが無難、なのかなぁ……。
シロー君がアイロンをかけてくれたのか、これが一番綺麗に見えたものを選んだのだが自信がない。だがもそもそとズボンとシャツを着てみると、いつもよりは百倍マシだと落ち着いた。さて次は難関の髪の毛だ、とバスルームへ向かう。鏡に映った自分にげんなりして眉が下がる。今日も今日とて爆発しているからである。雨が降っているせいもあるだろう、とりあえず前にも使った事があるミストを浴びせに浴びせ、ブラシで梳かしてみる。
「痛てててっ」
見事なからまりに時間がかかったがこれで大丈夫か、とまだ梳かす。
「……もういいかなぁ──」
「──出かけるんですか?」
シロー君が廊下から覗いてきた。
「うん、仕事……言ってなかったっけ?」
彼には軽くスケジュールを報告してたのだが抜けていたらしく無言で頷かれた。
「ごめんなさい。仕事で出かけます」
ぺこー、と頭を下げて謝罪して顔を上げると、僕の一応ちゃんとした格好が珍しいのか、上から下へと視線が往復しているのに気づいた。
「……変?」
「変じゃないですよ。でも、襟」
と、少し曲がっていたのか、襟元を正してくれた。
「ハナさんって髪梳かすと大分印象変わりますね」
「いつもの頭じゃまた何て言われるか……」
「ははっ、またって」
声を上げて笑うシロー君は初めてかもしれない。間近だからか、笑う時に片眉が少し下がるのも大きく見えた。
やっぱり笑うと幼さって出るなぁ……。
「はい、いいですよ」
顔、戻った。
「ハナさん?」
「あ、うん、ありがと。それじゃあ……僕居ないからだらだらやっていいからね。僕を見習ったらいいよ」
そう言うとシロー君は敬礼の手を作って、了解です、とまた幼い顔で笑ったのだった。
────
喉の渇きから、ぬぅん、とした重苦しい感じで僕は起きた。体を起こしてベッドの上でしばし、ぼーっ、とする。寝癖だらけの頭を掻いて目覚まし時計に目をやると時間はちょうどてっぺん、昼十二時を指していた。昨日は遅くまで──朝早くまで仕事をしていたせいで久しぶりに時間が大きくずれたようだ。そしてお腹も、ぐぅ、と警告するので、のろのろよろよろ、と寝室を出る。
トイレを済ませてリビングに行くと、誰もいなかった。
「……シロー君?」
返事はなく、キッチンへ向かうとテーブルの上のメモに気づいた。
【クリーニング店に行ってきます。お昼には戻ります。司郎】
そっか、と僕は冷蔵庫を開ける。
うわー……きっちり整頓されてるなぁ……えーと……。
以前の僕なら水道水とゼリーと迷わなかったが、今は違う。ミネラルウォーターを取って──と、ラップされた皿が目に入った。そこにもメモがくっついている。
【作り置きです。レンチン五十秒ほどです。くれぐれも気を付けてください。司郎】
ホットサンドイッチのようなもので、中身はわからない。
気を付けてくださいって……不器用魔人とでも思ってるのかな……。
少しだけ笑った僕は整頓された冷蔵庫をまだ眺めていた。そして、決めた。用意してくれたご飯を戻して、僕は違う物を冷蔵庫から取り出した。
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