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put on
夜がそろそろ寝そうで朝がそろそろ起きそうな時間、珍しく俺は目が覚めた。暑かったわけでもなく寒かったわけでも──布団から出たらやっぱり寒い。乾燥したか、喉の渇きに手探りで自分の眼鏡を掛け少々ふらつきながらキッチンへ向かう。
きゅっ、といつもは気にしない蛇口を回した時の音、閉めた音が大きく聞こえて、馬鹿みたいに冷たい水がコップから弾けて指に当たり、気にせず一気に飲んだ。スウェットトレーナーの袖口で口元を拭い、またベッドに戻る。
何となくそのまま眠りにつくのが億劫になり、かと言って何かをしたいというのもないのでベッドの端に腰かけて、しばし、ぼーっ、と寝室のドアから見える隣の部屋を眺めた。
昨日飲んだままのグラス、食べ散らかしたチーズの銀紙、定位置ではない場所に置かれたリモン、カーペットに落ちたリモコン。ソファーにある、俺のではないコートと服。
ふぁ。あくびが一つ、眠気は素直だ。
眼鏡の隙間から指を入れて少々涙が出た目を拭う。
その時、ふと、もう一つの眼鏡が気になった。
ベッドに寝ているもう一人──トールさんの眼鏡だ。
座ったまま腕を思いっきり伸ばして、チェストの上にあるそれを手に取る。ノンフレームの眼鏡はインテリ臭さが増すようで、まだベッドに寝こける彼にぴったり似合っていると思う。俺は四角いフレームばかりで、たまに色を変えるがほとんど黒を選ぶばかりでデザインを変える事はない。
俺は眼鏡をはずす。
シルバーの細いつるを開いて、いざ。
……軽。へぇ……こういう景色か……。
俺よりも少ぉし弱いレンズの視界は、朝もやがかかっているかのようにはっきりしない。つまり度が合っていないという事だが、何となく掛け続ける。
これが、この人が通しているガラス。時に映画のようにずっと眺めて、時に写真のように瞬きをする。
「──何」
後ろから腰を抱かれた。
「ふふふ、いいですねぇ、それ」
「あ?」
どうやら俺が起きた時から起きていたようだ。目を細めているのは目が悪いせい。若干生えた無精ひげの顎を指の背で撫でてやる。理由は、離せ、というやつで、決して甘ったるいそれではない。
「何時?」
「さぁ、五時くらい?」
「寒くない?」
「ない」
「俺は寒いなー」
ベッドを出る時布団を捲ったままだった。一人分の温度がなくなった布団はトールさんが寝返りで移動して占領されている。
「……もうちょっとだけ」
何となく、もう少しだけこうしていたい気がして──。
「──俺を着るなんて、物足りなかった?」
眼鏡を着る、とは上手く言ったものだ。彼シャツとやらの類か、と気づいた俺はトールさんの頬を軽くつねる。
「うるせぇ。おら、あっち行け。寝る」
占領されたベッドに陣地を作るためにトールさんを押しやる。
「どっちの意味で?」
なんて、寝起きから全力のトールさんを無視して、俺はノーフレームの眼鏡を着たまま、背中を向けて二度寝を決め込んだのだった。
【put on──終わり】
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