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闇のエンディング

肩の辺りに肌寒さを感じ、引き寄せる毛布を手探りで探す。 その途端にベッドからずり落ちそうになって、志童はハッと目を覚ました。 「あれ……」 周りには見慣れない部屋の景色が広がっている。 それから隣に背骨の浮いたきれいな背中を見つけ、息が止まった。 「えっ、誰?」 細い首に繋がる頭の形に見覚えがない。 彼が上半身をゆっくりと起こし、小さくあくびした。 「誰ってひどいな。あれだけ愛し合った仲なのに」 「愛し……? え、でも誰?」 「月形アユム、22歳。もう忘れちゃった?」 彼は呆れたように息をつき、ベッドの縁に手を這わせる。 その手が眼鏡を見つけてそれをかけ、ようやく志童は彼の正体に気がついた。 「アユムくん?」 「今そう言った」 「眼鏡かけてなかったから分からなかった」 「僕の顔の印象は、イコール眼鏡だったのか」 それから彼は全裸を晒し、部屋のエアコンをつけに行く。 なぜ彼は何も着ていないのか。 なぜ自分も裸なのか。 それを考え、志童は頭が痛くなってきた。 「いつの間にか俺、違う世界に迷い込んじゃった気がするんだけど気のせい?」 「どうも気のせいじゃないみたいだね。ようこそ、いけない大人の世界へ」 彼は冗談めかすでもなく言って、隣に座る。 「って言っても僕も、こんなの初めてなんだけど」 ふたり同時にため息が出た。 「何がいけなかったんだろう? 一滴も飲んでないのに」 言いながら志童は、キッチンの隅に残されているコーラのペットボトルを見る。 「ケーキ、チキン、紅茶……きっかけはいくつもあったからね」 そう返し、アユムが息を呑んだ。 「ケーキだ、チョコクリームの!」 「あ、いろいろ大変って言ってたやつ?」 「そう!」 人生のスペクタクルを楽しめる、チョコクリームのケーキ。 あの白い箱の中に入っていたのはまさにそれだった。 「そういえば、あれ食べたあと辺りから記憶がない……」 志童が頭を抱える。 「えええ、あんなことしといて無責任な!」 「あんなこと……?」 「あんなことも、こんなことも、そんなことも! 僕、今のカレしか知らなかったから、いろいろとカルチャーショックだっだなー」 アユムは困ったように笑っていた。 「うわあ、そう言われてみると、いろいろ記憶がよみがえってきた……」 思い出すと志童は、とても平常心ではいられなくなる。 「アユムくん早く服着てよ!」 ベッドの下に落ちていた服を彼に押しつけた。 「なんで僕だけ?」 「いや、俺も着るけど……アユムくんの体見てると、またそういう気分になっちゃいそう!」 「じゃあもう1回する?」 彼が笑いながら腕を押し返してくる。 「だ、ダメだって!」 「冗談だって。そんなに慌てなくても」 それから志童は昨日のジーンズを拾い上げ、尻のポケットに入れていたスマホに気づいた。 「ああっ……」 画面を見てフリーズした。 「どうした?」 アユムが横から覗き込んでくる。 「天心から、着信12件……」 「あはは、12件……」 「あははじゃないよー……」 あんな喧嘩をしたあとだ。 電話に出ないなんて、怒っていると思われたに決まってる。 「って僕の方もだ」 アユムも自分のスマホを見て顔を強ばらせた。 「ハヤトもさすがにイブだって気づいたか。ひと晩電話に出なかったなんて、浮気を疑われたりするのかな……」 「実際浮気して……」 「んん?」 「ははっ、なんでもない」 「分かってる? きみと僕は共犯者なんだからね!?」 そんなアユムの言葉に、志童は真顔で頷く。 「じゃあ、クリスマスイブのことはふたりだけの秘密」 「うん、そうしてくれると助かる」 眼鏡を押し上げるアユムの顔を、志童はじっと見つめた。 せっかく仲良くなったけれど、お互いのために自分たちはもう会わない方がいいんだろう。 会えないと思うと、やっぱり寂しい。 それから2人は、早朝の玄関先で別れる。 昨夜はイルミネーションが輝いていた街も、今はがらんどうのようだった。 「サンタさんは帰っちゃったか」 つぶやく志童の声を、冷えた風がどこかへ連れ去っていった。 fin.

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