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光のエンディング

「あ! これは……」 箱を開けたアユムの横で、志童が声をあげる。 「生クリームのケーキだ~!」 「そっか、天国行きの方だったんだ……」 白いケーキには、フルーツとマジパンの天使が乗っていた。 天使はカップルなんだろうか。 2体が距離を置きながらも、見つめ合うように配置されている。 「きっと仲良しなんだね、この2人は……」 志童がつぶやくように言った。 「どうしてそう思うの?」 「だって、ふたりともニコニコしてる」 「なるほど……」 好きな相手とお互いだけを見つめ、一緒に生きていけたらどれだけ幸せなんだろうか。 けど現実はそんなに単純でもなくて。 仕事や他のことも大事だし、いろいろとタイミングが合わないことが多々ある。 そう思い、アユムは切ない気持ちになっていた。 「どうしたの?」 床にしゃがみこんだままうつむくアユムの耳元で、志童がささやいた。 「その優しい声やめて」 アユムは彼を軽くひじでつついて押し返す。 「なんで?」 「浮気したくなっちゃう……」 「え……?」 「浮気なんてよくないよね」 隣にいる志童に目を向けると、彼はきょとんとした顔をしていた。 「それはそうだよー!」 「なっ……」 床に組み敷いてきた張本人に、非難じみた口調で言われるのが分からない。 「でもさっき、きみは俺のこと!」 「それは……ごめん、人違い」 「人違い!?」 今度はアユムの方がきょとんとする番だった。 それから彼の言動を振り返り、なんとなく状況が分かってくる。 「あああ、そういうことか! 暗いからって僕じゃなく、彼氏のこと押し倒したつもりになってたんだ?」 「いや、分かってたよ? けど気分的に、ね」 「気分的に、ってねえ……」 彼自身、強引だとは言っていたけれど、好きな相手に触れる時はあんなにもギラギラするものなのか。 そう思うと、アユムは少し目の前の男が憎らしかった。 「ほんとひどいよね、志童くんは! 僕がきみのこと、本気で好きになっちゃったらどうするの?」 「ん~……」 彼は嬉しいのか困っているのか、よく分からない表情で笑っていた。 たぶん深い考えはなくて、単純に褒められたら嬉しい人なんだなと、アユムは理解する。 「まあ、本気になることはないかな」 つぶやくと、志童がちょっと拗ねた顔になった。 「あっ、俺のことからかった?」 「からかうつもりはないよ。実際のところ、僕の方がからかわれた感じだし」 「……?」 そこで、アユムの胸ポケットに入っているスマホが震えだす。 「ごめん、電話」 それからアユムは、画面に表示されている名前を見てドキリとした。 「ハヤトからだ! なんで、このタイミングで……」 締め切り前の忙しい時に、向こうからかけてくるなんて普段ならあり得ない。 アユムはしゃがみこんでいた冷蔵庫の前から立ち上がり、緊張しながら電話を取った。 「ハヤトどうしたの?」 平静を装って聞くと、向こうから気まずそうな声が聞こえてくる。 「あのさ……今日って12月24日だよな」 「そうだよ」 「つまり、クリスマスイブ」 「当たり前じゃん」 案の定、彼は今日がイブだということに気づいていなかったらしい。 責めるべきか、笑って済ますべきか、そう考えていると……。 「今からそっち行く」 彼の予想外の言葉に驚いた。 来てくれるのは嬉しいけれど、今来られたらマズい気がする。 「なんで、忙しいのに無理して来なくても……」 「俺が会いたい」 電話越しにぼそっと言われた言葉にときめいてしまった。 そんなことを言われたら、アユムだって会いたい気持ちを抑えきれない。 志童の方を見ると、彼は“了解した”とばかりに頷いていた。 「僕のことなんて考える余裕ないっていってたくせに」 嬉しくて照れてしまって、アユムの口からはかえって非難じみた言葉が出る。 「好きだよ、アユム」 「……っ……」 「あとお前、こういう日にひとりにしとくと浮気しそう」 さすがにそれには言い返せずに、ただただ変な汗が出た。 「分かったらいい子に待ってろ」 向こうがそう締めくくり、緊張感漂う通話は終了する。 「はあ~」 アユムが思わず息をつくと、近くで息を詰めていた志童も同じように息をついた。 「よかったね。ケーキ、まだ手を付けてなくて」 「え……?」 「本当に一緒に食べたかった人、来てくれるじゃん」 「……うん……」 ふたり顔を見合わせて、胸の中がぽかぽかとあたたかくなった。 「ありがとう、志童くん」 「じゃあ俺は、チキンの箱持って退散する!」 * それから5分後――。 志童は空になったフライドチキンのバスケットをさげて歩いていた。 結局アユムとは、連絡先すら交換しなかった。 それだけの縁だったんだろう。 彼と過ごした時間は、クリスマスの夜が見せた夢だったのかもしれないと思った。 「楽しかったけど、ケーキ、ちょっと食べたかったな……」 ケーキ屋の紙袋を持って歩く人とすれ違い、ふとそんなことをつぶやく。 街はイルミネーションで輝いているけれど、夜の冷えた空気が骨身に染みた。 そんな時……。 「……え、天心?」 志童はイルミネーションの下に立ち止まり、鳴りだした電話を取る。 「何、大事なお客さんの接待中なんじゃないの?」 「それよりお前どこにいる」 「どこって……その辺をぶらぶらしてるけど。っていうか、天心が置き去りにしたんだからね」 ふて腐れた声で返すと、電話越しに少しの沈黙が流れた。 「……悪かったよ、あの時は時間もなくてあせってた……」 ぼそぼそと謝る声が聞こえて、それだけで志童はキュンとなる。 「もしまだその辺にいるなら、俺なんか美味いもん買って帰るから――」 「ケーキがいい!」 志童が遮るように言うと、天心は怪訝そうに聞き返してきた。 「ケーキ?」 「うん、生クリームのやつ」 「生クリーム、分かった」 それから電話が切れる気配がして、志童は慌ててそれを止める。 「ああ、待って天心!」 「……なんだよ」 「あのね、俺は天心のことが大好きだよ。今すぐ抱きしめたい」 「それ、電話で言われてもな」 呆れたように言ってから、天心はまた続けた。 「けど、俺も同じ気持ち」 その声を聞く、耳がくすぐったくてあったかい。 「よかった。あと、キスもエッチもいっぱいしたい」 「…………」 「俺もって言ってよ」 「……バカ」 電話の向こうで赤面する彼を想像し、思わずクスクスと笑ってしまった。 今夜は幸せなクリスマスイブだ。それは間違いないことだと思う。 それから口の中で溶ける生クリームの味を想像しながら、志童は大好きな人の部屋へと向かった。 fin.

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