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第2話
何故、目の前に樹が居るのか分からない。しかもベッドの上。
一緒に居るのは守川樹で、ここは見た事のない部屋。首を回してみても見覚えのある景色だとは思えなかった。
あれ?と思ったが、思い出そうとすると頭の中に靄が掛かったみたいに不明瞭で、考える事自体が面倒臭い。
「優志君、ホントにいいの?」
何がだろう。
目の前の樹は困ったような顔をして自分を見下ろしている。眼鏡を外した素顔をこんなに至近距離で見られるとは思わなかった、やっぱりカッコいい。
「守川せんせぇ……」
上手く喋れないのはどうしてだろう、何故か舌足らずになってしまい恥ずかしい。
俯くと自分の手は樹のシャツを握り締めている事に気付く。
あれ?しかもシャツのボタンは半分以上外れていた。
「……江戸川さんに怒られるんじゃないかな……」
兄さんの事だろうか。何故そんな事を言うのか分からないが、自分が怒られる事があっても樹を怒る事などないだろう。
「怒らないよ……」
「そうかな……?」
「うん……」
「……秘密にしておいてくれるの?」
「……うん」
秘密。いい言葉だ。
樹と秘密を分かつ、何を秘密にするのか分からないが、それが樹とならどんな事だって優志にとっては甘美で魅力的だ。
「守川せんせ……」
秘密ってなに?
嬉しくて何だか愉しい気分だった。笑みを浮かべる優志を真っ直ぐに見下ろしてくる樹は、やっぱりまだ困ったように眉間に皺を寄せている。
すっと手を伸ばし、その皺を解してやると樹は困惑した表情を崩さずに少し笑った。
「くすぐったいよ……」
「だって、何か……」
「何か?」
「困ってる、顔してる」
「そりゃ、困るよ……困るけれど、君ならアリかななんて思っているからね……余計困っているんだ…」
「オレなら……?」
「うん……本当にいいの……?」
頬が樹の両手で包まれる。握手したあの手の平の記憶よりも熱かった。
「うん」
分からなかったけれど優志は問われるままに頷いた。肯定してもいいような気がしたから、というより樹だったからかもしれない。
「優志君……」
近い、と思った樹の顔はどんどん近付き焦点が合わなくなると柔らかい何かが唇に触れた。
目を開けたままの優志の瞳にまた樹の整った顔が映る。
「キスは……目を開けたままする派?」
そんな派閥あるのだろうか。あったとしても優志はそちらではなく、閉じる派だ。
だから小さく首を振った。
「じゃあ……目は閉じてて……」
「うん…」
暗闇が落ちるとまた唇に温かくて柔らかいものが触れた。それが何だか分からない程子供ではないが、どうして樹がこんな事をしてくるのかが分からなかった。
だけど、それは嫌な事ではなかった。
多分、樹に好意を持っているからだろう。ぼんやりした頭でそんな事を考えていると、するりと入り込んできた舌は優志の思考を全部掻っ攫ってしまう程に、甘くて淫らに深まっていった。
「……ふぅぁ……はぁ……」
唇が離れる微かな時、優志の口から洩れるのは甘い喘ぎ。酩酊しているようにくらくらする、ふらついた上体を支えるように樹の腕が背中に回されると優志も同じように背中に手を伸ばした。
「……もりかわ、せん、せぇ……」
ぺたんと頭が枕に沈む。息が整わない、はぁはぁと煩い、でも、ばくばくという鼓動も煩かった。
「名前にしてもらえるか……?」
「え……?」
「樹、だよ」
「……樹さん?」
「そう……」
首筋にぬるりとした感触が落ち、シャツのボタンが外されていく。開いたシャツの隙間から覗く肌に吸い付かれ、舐められる度に優志の体は小刻みに震えた。
「……嫌だった?」
「ん……ううん、ちが……」
「初めて?」
「……え?」
「セックス、経験ある?」
「ん、ある……あっ……!」
ボタンの全てを外されると薄い胸が露になる。白くはあるが、女性のような膨らみのない平坦な胸。その小さな突起に樹は舌を這わした。
舐めると面白い程に優志の肩が跳ねる。もう片方を指先で摘めば、切ないような呻きが洩れ、口に含み吸い付くとそれは小さいながらも固く立ち上がった。
「ぁん、樹、さん……」
「男でも感じるんだね……」
揶揄は含まれないようだが、そんな関心したように言われると恥ずかしい。
丁寧に、でも執拗に乳首を弄られ優志の熱はどんどん高められていった。
そういえばこんな風に誰かと肌を合わせるのは何時以来だろうか。男でも感じる、そう言われたけれど初めから感じる体だった訳じゃない。
「あ、んん……ぅ、いつ……はぁ……」
「……男と寝たって事かな……?経験、あるって」
「ん、そう……」
「いつ?」
「……高校のとき……先輩、と……あ、んん……」
正直に答える必要はないのだろうけれど、聞かれるままに答えてしまった。
そう、だから最後にしたのはもう数年前。卒業してからはしてない。先輩とは今も会うけれど、もうセックスはしないと思う。
「へぇ……」
興味がある風にも見えないが、樹の質問はまだ続いた。
「後、使ったって事だよね……?」
「うん……」
スラックスの上から尻を揉まれると、その指はこれから使うであろう場所を探ろうとでもいうかの動きで触れてくる。
「女とどっちが気持ちいい……?」
「わかんない……」
「わかんないって?」
「だって……女の子と、したこと、ない……オレ、げい、だから」
「……そっか……したのはその先輩とだけ?」
「うん……」
漸く満足したのか質問はそれで終わった。
かちゃかちゃと音を立ててベルトが外される。優志のベルトだ。
「あ」
「ん?」
「……脱ぐ……」
「自分で?」
「うん……」
シャツのボタンは外して貰ったのだ、その上ズボンまで脱がして貰うのは何だか申し訳ない気がした。
上体を起こしファスナーを下ろしてズボンを脱ぎ、下着も脱ぐ。靴下を履いている事に気付くと、ちょっと慌ててそれを脱ぎ始めた。
全部を脱ぐと、籠もっていた熱の一部が放出されたようで気持ちよかった。こんな事をしているからだろう、顔や身体中が酷く熱い。
「……あー……」
「……樹さん?」
「うん……いや、出来るかなって思ってた……正直男の裸……勃起してるとこ見たら萎えるだろうと思ってたけど……」
「……あ、ごめんなさい……」
立ち上がったペニスを隠すように膝を立てるが、もう遅かったのか樹は俯いてしまった。
「そうじゃなくて、いや、君がきれいな顔をしているからかな……」
「?」
「困った事にね、凄く興奮しているよ……男は初めてだけどね……」
「ほんと……?」
「あぁ」
そう言うと樹は優志の手を取り自分の股間へ導いた。
「!」
「な……?」
触った樹のそこは興奮していると言った通りに傾き固くなっている。
クスリと悪戯っ子のように笑った男の顔から笑顔が消えると、整った冷徹な表情が現れる。熱を抑えた男の瞳は鋭く獰猛な光が宿っていた。
「優志君……」
優志が何か言う前に唇で塞がれ、息も出来ない位に濃厚な口付けが優志の残りの理性を全て溶かしつくした。
膝を開かれると、勃起したペニスを掴まれた。反射的に逃げようとしたが、まだキスは続いておりそれは出来なかった。
竿を手の平で扱かれながらのディープキスは、瞬く間に優志を追い詰める。
「あ、いつき、さん……だ、だめ、も、オレぇ……」
溢れ出る先走りで樹の手の滑りも良くなっているのか、いやらしい水音がひっきりなしに聞こえてくる。
男は初めてと言っていたが、扱くだけであれば同じ男なので弱い所は心得ているのだろう。樹の手の動きは的確で、優志はもう我慢が効かない程になっていた。
「樹、さん……あ、あん、だめ、いっちゃう……」
「いけよ……優志」
さっきまでの優しさを含んだ声音ではなく、抑えた低い大人の男の声。牙を隠していた獣が獲物を前に飛び掛ってきた。
初めて見せた雄の姿を優志は射精後の気だるさの中で、呆然と見つめていた。
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