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Prolog

突然だが、速水 癒月(はやみ ゆづき)は不機嫌である。 _ガタンと癒月の背後で音を立てたのは何も書かれていない黒板だった。時は放課後の教室。癒月は今、その黒板を背に相手を睨み上げているところだった。 「·····そんで。言うことは?」 「死ねクソ教師」 「クソガキが調子に乗んなってんだよ」 「ッ、離せって」 有り無しを言わせない視線で教え子であるはずの癒月のネクタイを掴み、現在進行形で脅し__説教しているのは小野咲 累(おのさき るい)。数学教師である。 小野咲は数学教師であると同時に、生徒指導の係でもあった為、放課後になって癒月を呼び止め話をしようとしていたのだ。そう、話をしようと思っていた。 その校則に反した赤髪とか、無数のピアスとか、着崩してパーカーなんて着てやがる格好とかその他諸々。言わなきゃならないことが山ほどあった。外で他校の生徒と喧嘩していることも咎めなければならない。いや、実に面倒だとか思っちゃいない。いないが、小野咲は想像通りにクソガキだった癒月を見下ろして、眉間に皺を寄せていた。 「クソガキのために分かりやすく言ってやる。校則に従えって言ってんだ」 「はっ。インチキ教師に何言われたってへでもねえよ。教師なんて仕事、てきとうにやってるくせにさ」 その言葉に言葉を詰まらせた小野咲。 それをみてしてやったりとほくそ笑む癒月。 __だが残念。これは決して、図星を突かれたからではないのである。速水癒月よ。 「·····へぇ、よく分かったよ。お前のこと」 「·····は?」 途端、グイッと強くネクタイを引っ張られてされるがままに教卓の上に叩きつけられたと気付いた時には手遅れだった。酷く痛む背中に顔を歪め、真上になった小野咲の顔を睨み上げる。ぜってぇ許さねぇとさらに反抗心を燃やす癒月だったが、それは不意に掻き消されることになってしまった。なぜなら見上げた先の小野咲の目に背筋が震えてしまったからだ。ゾクリと震える体。支配されそうな、その目の色。 「_クソガキの仕置きには、ちょうどいい時間だな」 ケラリと乾いた笑みを浮かべた小野咲の目は、本気だった。本気で癒月を喰うつもりだと癒月は本能的に逃げ出そうとして、阻止される。片手で器用に両腕を抑え込まれ、吐き出したくなるような優しい声で小野咲が笑った。 「痛くされたくなかったら、死んでも声出すなよ」

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