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Story.1
速水癒月は母子家庭である。
彼の家は幼い頃に両親が離婚して、それから女手一つで育ててくれた母のことを癒月は尊敬していた。でも癒月が中学に上がってからそんな母が変わってしまったのである。どこかのホストに惚れ込んで、ホストに紹介されたキャバクラで仕事を始めてしまった。毎日お酒の匂いをプンプンさせて、一日分だと札束を置いて去っていく。こんなに使うわけないだろうと思いつつ癒月はそれを返さなかった。
だからと言ってはなんだが、荒れた。
もの凄く荒れた。
反抗期も相まってそれは凄かった。自分でもそう思うくらいには滅茶苦茶な日々を過ごしたのだと思う。親はホスト三昧で家にいない。金だけ置いてまたすぐに出て行ってしまう。生憎にも母の顔は童顔で、美人だったからキャバクラでも売り上げは上々なのだろう。そんな癒月も顔だけは母親似だ。本人は嫌がっているが、運動神経の良さだけは父親譲りなのだろう。高校に入って試しに売られた喧嘩を買ってみたら、余裕で倒してしまったのが根拠になる。癒月はそれから喧嘩と煙草と酒に明け暮れた。
高2のときに屋上で知り合った里辺 真琴 は癒月の良き理解者である。それと同時に、気を遣わない楽な友人関係を続けていた2人。クラスは別だが、真琴もまた家庭環境が複雑らしく2人は自然と一緒に過ごす時間が増えていった。
「·····どうしたの、ゆづ」
「·····なんでもねぇ」
「えぇー。なんでもない顔してないよ」
いつもの屋上。いつもの昼休みの時間に購買で買ったお昼を片手に階段を上がった癒月は、随分と疲れ果てた顔をして屋上の扉を開けていた。それに気付いた真琴は、一昨日染めたと自慢げに見せてきた綺麗な銀色の髪を風に揺らしてこちらを振り向きそう言った。
驚いているのかじっと視線を外さない真琴を無視して、癒月は横に腰を下ろしてパンを乱暴に口に放り込んだ。ハムサンド。手作りだからか、今日はマスタードの量が多くてピリッときた。やべ、泣きそう。
「ゆづ。大丈夫?」
「へーき」
「·····マスタード辛かったでしょ」
「なに。知ってんの」
「ううん。かまかけた」
「お前」
「ふふ。元気出たね。よかった」
癒月は真琴のこういうとこが好きだった。
こちらが拒否したことを深く聞こうとはしない。気になると全身で訴えてはくるが、それ以外はしない。
そういう真琴の優しさが好きだった。
だから癒月は昨日の記憶に蓋をする。
『声出すなつってんだろ。クソガキ』
『~~ッ!』
抑えられた腕を振り解くこともできずに、好き勝手に触られた昨日の記憶なんて。担任であるあのクソ教師に仕置きだなんだと自分の体を弄ばれ、イカされ、脅され、またイカされたことなんて。
「__ゆづ?」
「っ·····」
「ゆづ。心配だから、俺また聞いちゃうよ?何があったのって」
「·····なんも、ない」
「·····そっか」
『__これで分かったろ。教師に逆らってんじゃねぇよ。クソガキが』
ただ、俺のモノを触られただけ。何度も上下に擦られて人を殺しそうなくらい冷たい目で見下ろされただけ。それだけなのに、癒月にとってこんなにも消せないトラウマになるなんて。·····あんな、クソ教師に。
悔しさに握り締めたパンの袋を見て真琴が困ったように笑っていたことを、俺は知らなかった。
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