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Story.3

「ゆづ。それちょうだい」 里辺真琴にとって、速水癒月は友人だった。 良くも悪くもただの友人。それ以外でも以下でもない。偶然屋上で出会って話をしたのがきっかけで仲良くはなれたが、本音を言うと最初の頃は嫌いだったのである。癒月が孤独を求めるフリをしているところが大嫌いだった。寂しいって顔に書いてあるのに本人は優しくされるのを嫌がっている。なぜ素直にならない。なぜ嘘をつく。なぜ欲しがらない。なぜ、なぜ。 「·····ありがと。新作のパンも美味しいよ?」 「いらね。りんご嫌い」 「えぇー。ゆづはお子ちゃまだね」 「シバくぞコラ」 「あはは。怖い怖い」 __でも今は好き。それは勿論、友達として。 里辺真琴は速水癒月を好いている。癒月のそういう面が寧ろ魅力なのだと気付いたからだった。だから真琴は癒月との時間を気に入っている。いつも同じパンばかり食べている癒月が、実は好き嫌いが多すぎるところも可愛らしいとか思ったり。パーカーを着てるのが実は寒がりだから制服だけじゃ寒くて動けなくなるからだとか。自分だけに心を開いてくれているのが堪らなく嬉しい。だから真琴は、癒月の口元に付いていたパンのカスを指で取ってやっていた。可愛い弟みたいで放っておけないから。たぶん、それだけ。 放課後になると真琴は真っ直ぐに家路に向かう。癒月との時間は本当に昼休みの屋上だけで、正直少し寂しいときもあるけど別に不満を述べるほどでもなかったなら真琴は何も言っていない。 暫く学校を出て歩いたら、木造のボロいアパートに辿り着く。錆びた階段をひとつ上がって一番角の部屋。建付けの悪い扉を開けたら、ワンルーム程の畳の部屋が広がっている。玄関を開けて右側にお風呂とトイレがあって、左側にこじんまりとしたコンロひとつのキッチンがある。お世辞にも綺麗とは言い難い、イマドキの高校生にしては随分ボロっちぃと言われても仕方のないアパートに住んでいる真琴は、靴を脱いで制服も順番に脱ぎながら部屋の中へと入っていった。 前の住人が置いていったテレビをつけて、途切れ途切れに光る電灯を灯す。これは新しいのを買わなければならない。だが面倒くさい。そう考えた真琴が徐ろに手に取ったのは、自分のスマートフォンだった。 それを慣れた手つきで操作したかと思ったら、癒月と話しているときとは明らかに違うで電話口の相手にこう言った。 「·····この前言ってたヤツ、買ってきて」 『·····あぁ、部屋の電気?なに。切れたの?』 「切れそうだっつってんの。買ってこいよ」 『へいへい。飯は?』 「いらない」 『あっ、ちょッ』 _ブツ。 無遠慮に切ったスマホをそこら辺に放り投げた真琴。電話の相手は漏れてきた声からして、男。しかし年は恐らく真琴より上だろう。相手は気さくな様子だったが、真琴は随分と嫌々話をしていたように思う。 屋上のときとは違う。とても冷たいオーラを纏いながら白いカッターシャツのみになった真琴が一番上のボタンに手をかけたときだった。 __ピンポーンとベルが鳴る。 「·····早すぎてキモイ」 「シャツにパンイチとかエロいよ。まーくん」 「死ねクズ」 「えー。ひっど。新しい電気とご飯買ってきてあげたのに。まーくんぐらいだよ?俺の事こき使うの」 「それ置いて死ね」 「あはは。まーくんお部屋入れて」 金髪のチャラチャラとした派手な見た目の男。その男と親しげに言葉を交わす真琴。嫌そうな顔であるからこれ以上は何も言わないが、いずれ2人に関して話せる時がきたら話をしようと思う。 恐らくこれは、酷く歪んだ話になるだろうから。

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