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第31話 夏椿
「ここが、お前の屋敷だ。」
師畿の城に入った頼隆が、まず案内されたのは、ひっそりと佇む瀟洒な檜皮葺きの小さな館だった。二之丸と奥御殿の間に広がる庭の陽当たりの良い一画に作られたそれは、二之丸から廻廊で繋がり、本丸や奥御殿とは塀で仕切られ、垣間見えないようになっていた。
「直義---我れはそなたの一族ではないぞ?」
本来、城内は城主の家族の住まいであり、家臣は城外、一の郭の外に屋敷を構える。柾木も、城門の外に持ち、そこから通ってきている。
「何を言っておる。」
直義は、ちょっとだけ、眉根に皺を寄せて囁いた。
「お前は、儂の妾(おんな)であろう。本来ならば、『お部屋さま』だぞ。」
仮にも、男の頼隆を奥御殿で自由にさせておくわけにはいかない。それに奥御殿には、家臣の妻子が絢姫の側に仕えているなど、存外人の出入りが多い。
ーあまり、人目には触れたくない。ー
その思いは、頼隆も同じだった。
過分に過ぎる---とは思ったが、逆に、やはり『囲い者』であることに変わりは無い、と言われているようでもあった。
しかし、外界から隔てる格子は約束どおり取り外され、少なくとも『人質』ではない。
ーやっと、自由に振る舞える---。ー
それが直義の懐の中であっても、自由に無窮の空を仰げる。頼隆には何よりも嬉しかった。
絢姫が腕を奮って設えた屋敷には、茶室もあり、独立した湯殿と厠、寝所と書院、側仕えの近習の控えの間があった。世話係の老翁と媼もいた。
頼隆は早々に書院に書物を山積みにし、四季折々の花木の植えられた庭の一部で少年達に剣を教えたいと強請った。
直義は苦笑いしながら、傍らの今一つの建屋を指した。
「道場じゃ。好きに使え。」
桜の板張りの十畳ほどのそこには、既に神棚が設えられ、何本かの木刀が用意されていた。
「直義---。」
「雨でも、鍛練を怠るわけにはいかぬゆえな。」
「かたじけない---。」
頼隆は満面の笑みで、少年達の熱気に溢れる様を思い浮かべた。その笑顔は、直義が今まで見たことも無いほど、輝いていた。
ー此奴は---。ー
直義は半ば呆れながらも、微かな悔恨にちくりと胸が傷んだ。それを押しやるように、小さく咳払いをし、おもむろにもうひとつの仕掛けを指差した。直義にとって、大いなる決断だった。
「あそこに------な。」
頼隆が目をやると、小さな竹林の傍ら、外と隔てる塀が続く一画に夏椿の花に隠れるように低い黒塗りの片扉が覗いていた。
「木戸を作っておいた。開ければ、城外の白勢の屋敷の奥庭に通じておる。」
「直義--。」
頼隆の目が見開かれた。
ー兄にも、弟にも自由に会える---。ー
「ただし、日没には帰って参れ。」
あまりの頼隆の嬉しそうな顔に、直義は少々不機嫌になった。が、それは胸に隠した。頼隆が嬉しさのあまり、直義の袖で滲み出る涙を拭っていたからだ。
新しい屋敷の閨、畳の香のする新床の中で、直義は、少々不貞腐れて訊いた。
「兄や弟に会えるのは、そんなに嬉しいか?」
「嬉しい。」
頼隆は率直に答えた。そして、直義の胸に額を付け、恥ずかしそうに続けた。
「それ以上に---そなたが、あの木戸を作ってくれた。そのことが何より嬉しい。」
直義の腕が、きつく頼隆を抱き締めた。
ふ......と微かな笑みが頼隆の口元に浮かぶ。
「どうした......?」
怪訝そうな直義に、頼隆は浅黒く照り映える逞しい男の胸元にひた、と頬を寄せた。焚き染めた香の薫りの奥に、汗と......血の匂いがする。抜けることの無い、互いにまとわりつく宿業の匂い。それでも、何よりも芳しく誰よりも愛しい。
ふふっ......と頼隆は小さく笑い、ひそと直義の唇に自らのそれを重ねた。ふわり、と口付けて首もとに頬を擦り付ける。
切れ長の漆黒の瞳が直義を見詰め、しなやかな指先が夜着の袷をまさぐる。
直義のそれは、すでに熱く熱を持って首をもたげ始めていた。ゆるゆると擦ると、むくむくと質量を増していく。頼隆は、その雄にそっと口付けた。
「頼隆---?」
「大人しゅうしておれ------」
暖かい口中にそれを含まれ、直義は、う......と小さく呻いた。舌先が括れを優しくなぞり、先端を吸い上げる。ゆっくりと頭を上下させ、男の熱情をじっくりと煽る。
「随分と達者になったのう......」
「そなたが教えたのであろうが......」
頼隆は存分に屹立したそれから唇を離し、笑いもせず言うと自らの夜着の裾をはだけた。自らの若茎と直義のそれとを合わせて握り、緩やかに扱きあげる。互いの粘膜が擦れ合い、熱が溶け合って、ひとつになる。
「あぁ---あ----」
白い喉をのけ反らせて、しなやかな肢体が震え、生命を迸らせた。
頼隆は細い腰を抱え上げられ、再び猛り立った直義の雄に秘奥を貫かれた。敏感な部分を擦られ揺すぶられ、両の腕で頚にしがみついて、甘く喘ぎ、啜り泣く。
直義は荒れ狂う劣情のままに、絶頂に追い上げた頼隆の際奥に自らの熱を、生命の飛沫をありったけ注ぎ込んだ。
「あ、あああぁっ...... ! 」
頼隆の背が大きくのけ反り、何度かの絶頂の後に自失した。
夏椿の別の名が沙羅双樹であったと、直義は明けゆく静寂の中で、ふと思い出した。
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