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第10話
「やっと大学に来たと思ったら……荷物を纏めて。辞めるってどういうこと?」
「教授、スマホを返してください」
僕は手を出してにっこりと笑った。
「論文は?」
「僕が誘惑に負けないからって、いろいろと意地悪してきたことは水に流します。スマホを盗んだことも、キャバで恥をかかせたことも、怒るつもりも誰かに言うつもりもない。だから、引き留めないでください。僕はもう研究はしません。論文も書かないし、学会にも出さない」
「ちょっと……製薬会社一本でやっていくってこと?」
「違う。製薬会社も辞めます。どこか別の場所に再就職をするつもりです」
「はあ? あんな男のために? 栄光を手放すと?」
あんな……じゃない。
僕には全てなんだ。藤原が。
もう藤原とすれ違う生活なんてしなくない。僕が研究を続ける限り、藤原が辛い思いをするなら、いっそやらなくていい。
藤原と同じようにサラリーマンになって、週末を一緒に過ごすような生活を望む。
「スマホ、返して」
僕が語尾を強めにして言うと、やっと教授が渋々、抽斗に隠していた僕のスマホを返してくれた。
未読のままのライン、不在着信の知らせ……すべて藤原の名前で埋まっていた。
辛い思いを……寂しい思いを藤原にはさせてしまった。
「お世話になりました」と僕は、軽くお辞儀をすると纏めて段ボールにいれた荷物を持って研究室を後にした。
校舎を抜け、大学を出た細い路地に見慣れた白く乗用車が目に入る。僕はにっこりと笑みを零すと、運転席へと足を向けた。
窓を開けて笑みを見せる藤原に、僕はすぐに口づけをする。舌を絡ませるキスに、藤原の顔がすぐに赤く染まる。
「藤原、お待たせ」
「いいのか? 本当に……研究」
「ちゃんと話しただろ? 僕は藤原と一緒に居たいんだって。研究ですれ違うくらいなら、もうやらない。トランク開けて、荷物、重たいんだ」
「ああ、ごめん。今、開けるよ」と藤原が慌てて、トランクを開けてくれる。僕はトランクに足を向けながら、大学の校舎に目をやった。
カーテンの隙間から、教授と目が合う。睨んでいるのがわかる。
僕は、藤原しか愛せない。
「わびぬれば 今はた同じ 難破なる 身をつくしても 逢はむとぞ思ふ」
「……え? なに? どうしたの?」
運転席から降りてきた藤原が怪訝そうな顔で僕を見上げた。「ううん」と僕は首を振ると、荷物を入れてトランクを閉めた。
知ってるよ。藤原が、百人一首に夢中になっていたのを。とくに元良新王の歌が好きだったよね。僕は元良新王の気持ちがわかるよ。
身を滅ぼすってわかってても逢いに行きたくなる気持ちが。全てを投げうってでも、藤原の傍に居たい。それくらい僕は、藤原を愛しているんだ。
「藤原……」
「ん?」
「愛してるよ」
「え? あ……うん、俺も。新を愛してる」
僕は藤原の腰に手を回してぐっと近づくと、甘い蕩けるような口づけをした。
これからもずっと……一緒にいよう。
ー了ー
最後までありがとうございました♡
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