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第15話

 ですから、わたくしが旦那様に無理矢理、寝台に引っ張り上げられ、のしかかられていたとしても、わたくしの気持ちを言葉のままに旦那様に伝えるようになってからは、夏目様ほど旦那様と近しい関係の方でも、誰も真剣に旦那様の悪戯を止めてくださらなくなりました。  わたくしが、戯れに……今でも信じられないことですが、旦那様と猫のようにじゃれ合っていることを、ご存知だからです。ですから、夏目様が止めに入るのは、時間が押して仕方がない、今日のような時に限られるのでした。 「八雲! いい加減にしないか、遅れるぞ!」  寝室の戸口に立って言う夏目様の声に、わたくしへの口付けを諦めたらしい旦那様は、唸り声をお上げになります。 「今いいところなんだ」 「何がいいものか。もうあと三分遅れたら、朝食を摂る時間はないぞ! 先方を待たせていい商談でないことはわかっているだろう! わかったらさっさとその子猫を放してやれ」 「旦那様、わたくしでしたら、待っておりますから、起きて、お仕事にいってきてください」  わたくしがそっと主人の下で囁くと、 「きみまで俺を遠ざけるのか。何たることだ」  とお嘆きになり、そっと唇に接吻をしてくださり、わたくしが、恥ずかしさに目を閉じたのを確認すると、ちょっとお笑いになりました。それから先は、猛然と寝台を出て、朝の支度にかかります。 「九時から橘商会、十一時に最羽銀行、午後から工場周辺を見て回って、三時に……」  一分も無駄にするかという意気込みで、夏目様が予定を読み上げていくのを聞きながら、わたくしは乱れた寝台のシーツを剥がし、きれいに敷布を均してから、そっと寝室から出て行きます。夏目様の仰られた今日のご予定から、旦那様のお帰りになる時間を逆算して、屋敷の仕事をするのが、まずはわたくしに課された使命でした。 「あ、そうだ、ユキ!」  わたくしが寝室から出ようとしたところへ、主人の声が飛びます。 「はい?」  振り返り、顔を上げると、ちゅっと唇に口付けをされました。  そして、 「帰ったら、昨夜の続きをしよう。きみの奥を……愛してあげるよ」  と囁かれます。  わたくしは、赤面した顔をどうしたらいいかわからず、恥じらいながら唇を引き結ぶよりほかにありませんでした。蛇足ながら、ユキ、という名前は、旦那様にいただいたものでございます。季節外れの雪の降る日にもらわれてきたせいで、わたくしに新しく名前をねだられた旦那様は、戸籍簿にも、どういった手を使ったのかは存じませんが、新しく「月城ユキ」という名前で登録してくださいました。  以来わたくしは、ずっと旦那様のもの。  名を、月城ユキと申します。  =終=

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