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第14話

「旦那様、朝です。……旦那様」  わたくしが旦那様を起こそうとすると、決まって主人はわたくしの腕を引いて、寝台の中へと引っ張り込んでしまいます。わたくしは食べても体重があまり増えない体質らしい上に、元が華奢で軽いため、旦那様の腕力に抗い難いとみるや、すぐに腰を抱かれ、着衣の上から、あるのかないのかわからない胸の尖りを探られてしまいます。そうすると、朝はもっと遠くへ行ってしまうので、わたくしは力の限り抵抗するのですが、勝てた試しがまだ一度もありません。 「……っぁ、……っ」  思わず反応を返してしまうわたくしのあさましさを、旦那様は、 「可愛い」  と形容してくださいます。  その言葉にどれだけ救われてきたか。夜になれば、御処理……旦那様と肌を重ねるために、毎晩のようにお部屋へお邪魔するようになり、もう三月ほどが経つでしょうか。最初の頃は、おっかなびっくりだったわたくしでしたが、どうしてもそうしたいと度々願い出る努力が功を奏し、旦那様も最近は、遠慮するということが全くなくなってしまいました。それはとても嬉しい変化でした。  旦那様との初夜……と言って差し支えないかは存じませんが、その夜を過ごした後のことを少しお話させてください。  わたくしは、そのあと、使用人としてこのお屋敷に雇われたわけですが、それから一月半もすると、旦那様のお仕事の補佐もするように、と言い付かるようになりました。  夏目様がいらして、教育していただくだけでなく、女中頭の方も、大変細やかで暖かな目でわたくしをご覧になるなり、 「まだ若いのですから、将来を見ないと損をしますよ」  とわたくしにたくさん指南をしてくださいます。  そのおかげで三月もすると、わたくしは徐々に仕事を覚え、旦那様のお役にも少しは立てるようになったかも知れない……、と自負するようになりました。夏目様にも覚えがいいと褒められましたので、次第にそれらの言葉を得ることが、わたくしの自信にも繋がってまいりました。  夏目様など、最近では、とみに、 「きみから話してもらった方が通りやすいからな」  という理由だけで、わたくしに難しい融資や買い付けや、他にも様々な事業のお話を持ちかけ、旦那様に向けてけしかけたりなさいます。思うに、旦那様がわたくしの言葉に対しては判断が甘くなる、その弱点を突いた夏目様なりの作戦なのでしょう。  わたくしが、 「旦那様のためにならないお話は、いたしません」  とお断りすると、目を丸くして、笑い声を上げながら去ってゆかれることもございます。  わたくしがこのお屋敷にきてから、旦那様は柔らかくおなりになったと夏目様は仰られます。その変化がいいものなのかどうなのか、わたくしには判断がつきかねますが、最初の夜のあの情けない勘違いから、床を共にしてくださった翌日のことでした。なぜわたくしのようなどこの馬の骨ともわからぬ遊郭の下働きの男を雇ってくださったのか、不思議に思っていたところ、旦那様は、前の御主人さまである柏木公爵のお屋敷で、働くわたくしの姿を時々お見かけになっていたことを教えてくださいました。働きぶりを買ってはいたものの、いつしか風のように消えてしまったわたくしを、ずっと捜しておられたのだとわかった時は、夢を見ているような心地で、大変感動いたしました。  それから、わたくしは多くのことを旦那様のもとで学びました。  中でも夜の御処理のことを「愛を交わす行為を、つれない名前で呼ぶな」ときつく申し付けられたことは、今でもわたくしの強く心に残っております。

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