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第13話
すると、彼は、
「したいと思ったことは言葉にしろ。それが、この家で生きてゆく上での決まりだ」
とわたくしに仰いました。
「わ、わたくしは……」
いきなりの命令に、どうすればいいのかわからず言い淀むわたくしに、彼は片腕を貸してくださいました。彼の肩にもたれ掛かりながら、わたくしは初めて提示された言葉の意味を真剣に考えました。主人となるこの御方が、何を考え、何を感じているのか、その時になってわたくしは、初めて真摯に向き合う気になったのです。
恥ずかしい話ではありますが、わたくしは、この屋敷での生活も、どうせ仮の宿でいつかは追い出されると思っていたのでした。しかし、この青年は、わたくしのことを真剣に想うからこそ、こういう言葉をかけてくださるのでしょう。その時、わたくしの胸に去来した感情を何と言えばいいのか……。どこか懐かしいような、恥ずかしいような、甘えたくなるような、泣きたくなるような、心の底に光り輝くそれを守り切りたいと思うような感情を、わたくしはどう表現したらよいのでしょうか。
「何か言いたいことがあれば、聞く。だから怯えなくていい。ゆっくりでいいから、それに慣れてくれ。わかったか?」
「はい……」
返事を返したその時に、わたくしは今まで経験したことがないほど、強く胸が締め付けられました。それは同情や憐憫をかけられたためでなく、確かに今、胸に芽生えた想いのせいでした。青年は、わたくしが返事を返したことに再び笑むと、そっと肩を抱き寄せてくださいました。まるで親鳥が雛をかばうように、彼の懐で安心することができました。それは、人生で初めての経験だったかも知れません。彼のためになるならば、この先、何でもしようとするだろうと確信に似た想いを抱いたのは、その時でした。
「旦那様……?」
そっと呼びかけると、わたくしの主人は少し眠そうな目をして、首を傾げました。
「その、お名前を……教えていただけないでしょうか」
「月城八雲。きみは?」
「わたくしは……」
その時、わたくしが言った言葉は、ほんの思いつきに過ぎませんでした。今でも、どうしてそんな言葉が出てきたのか、主人の優しさに甘えるようなことをして申し訳ないと思わなかったのか、と後悔する日もございます。
しかし旦那様は、わたくしがそっと我が儘を告げると、額にひとつ口付けをお落としになり、
「もう少し寝ていろ。まだ朝には早いぞ」
と愛撫する時に似た声で、仰いました。
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