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第1話

鳴り響くスマートフォンのバイブの無粋な音が、情事のあとの、裸でベッドでだらだらしているだけという最高の時間を邪魔する。折川晴翔は軽く舌打ちをしてスマートフォンを手に取った。  それは父からの電話だった。  法律的にどうかは定かではないが、文字通り血の繋がった生物学的な父親。  そして一緒に暮らしたことのない空想上の存在のような父親。  つまり、折川晴翔は両親が不倫した末に生まれた子供だった。  そのため晴翔は真っ当な親、家族というものがどういうものなのかよく分からない。  母親も父親も、他に夫や妻が居るのにちょっとした火遊びで結ばれて、そのまま子供まで作ってしまったろくでなしだった。色々な悶着の末、晴翔は母親とその夫と、彼らの子供二人から構成される家族と一緒に暮らしていたけれど、あれは家族というものではなかったと晴翔は考えていた。  だからだろうか。  時々、自分がおかしいと感じる。  だけど、同時におかしくないとも思う。  複雑な家庭に育ったから、少しばかり屈折しているのは仕方がないことなのだ。  そう考えれば、俺は正常なのではないだろうか。  ただ少し、何かを間違えただけで。  晴翔は一緒にベッドに潜り込んでいる男を一瞥して、静かにしてくれと人差し指を口の前に当て、ジェスチャーをした。 「もしもし、俺だけど」 「晴翔か? 俺だ、お父さんだ。結果が出たんだよ」  急き立てるように生物学的な父親は言った。  次の言葉を聞かなくても、何を言いたいのかは彼の声色で分かった。  存外に滲ませた嬉しさはどう考えても吉報を表していた。  だけど、それは宝くじの1等が当たるような低い可能性だったはずじゃないのか? 「お前と徹の骨髄の型が一致したんだ。良かった……本当に良かった……お前はドナーとして適合しているそうだ」  年甲斐もなく涙を流しているといったような、そんな掠れ声だった。  晴翔は大の大人が感情を振り乱している様子に少し驚いたが、そんな父親の興奮と反比例して、晴翔は恐ろしく冷静だった。 「そう。良かったね」  それ以外にどう言えばいいのか分からなかった。  適合する筈なんてないと思っていたから驚きはしたが、それだけの感情しかない。  俺がドナーとして適合しているという事実があって、だから、それで、どうしたというのだろう。 「でもさ、俺がするって言ったのは、検査までだから。それから先は知らないよ。適合するわけなんかないって思ってたし。骨髄移植って提供する側も大変なんでしょ? 大体、俺が提供できるかどうかも分からないし……」 「お前っ……」  父親は歯を食いしばって、その先の罵倒を食い止めようとしているようだった。 「確かに俺はまともな父親じゃなかったが、徹はお前の兄だろう? その兄が今病気で困ってるんだぞ? 助けてあげたいと思わないのか?」  精子を提供したという意味では父親だが、それだけのことで父親面されても困るのだ。俺の父親として、この男は俺に一体何をしてくれたのだろうか。  それに兄といっても、 「半分だけじゃないですか」  晴翔の口からそんな言葉が自然に出た。  敬語を使ったのは、何だかんだ言いつつも父親のことを年上の他人として認識しているからかもしれない。 「血が繋がっているのは半分だけ。母親が違うから。でしょう? それに血が半分繋がってるからっていって、俺とあいつがまともに会話したことなんてあった? 俺はまだ覚えてるよ。子供のとき、あいつと会ったときのことをさ。あいつ、いきなり殴りかかってきただろ。俺は何の罪もない子供だっていうのにね。でも、そうだな。あいつ本人が頭を下げて『どうかお願いします。骨髄を提供してください』って言うなら考えてあげなくもないよ。でも、あいつがそんなことするとは思えないけどね。たとえ死ぬことになったってさ」  異母兄である徹と会ったのはほんの一回だけだったが、その一回だけであいつのことが嫌いになった。あいつの人間性というものを嫌というほど思い知っている。  絶対に仲良くなれない。兄だとも思えない。  唯一、気が合うと思ったところは、お互いがお互いを嫌悪しているというところくらいだろうか。 「じゃあね、徹兄さん良くなるといいね」  皮肉をたっぷりと含ませて、晴翔は一方的に電話を切った。

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