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第8話

 その言葉を皮切りに、首元を口と舌で強く愛撫して、それから暴れる徹の両腕を捕まえた。  うまい具合に力を抜くことができたみたいで、徹を取り押さえるのにそう苦労はしなかった。両手が使えないのも不便だから、強引に脱がしたトレーナーで両手を縛る。これで自由は奪った。 「なあ、おい。お前、何してるんだよ? 何するつもりなんだよ?」 「何って……分かるでしょ? ほら、暴れないで」  ばたつかせる足を両脇で抑えて、指先で敏感なところの周囲を刺激した。  直接的な刺激には抗えないらしく、抵抗が減って、声を噛み殺した喘ぎが聞こえるようになった。気持ちがいいのか、時々、大きく反応する。 「お前、まじ、やめろよ! んんっ」 「触られると気持ちいいでしょ? レイプした奴は下手だったんだね。セックスってあんなに気持ちいいのに。俺が教えてあげるよ。大丈夫、俺に身を任せて。俺が気持ちよくしてあげるからさ。…………ほら勃ってきた……」 「嫌だっ! 本当、まじっ勘弁! なあ、お前っ、あっ、」  晴翔は鈴口を軽く舐めた。  溢れ出る喘ぎ声を止めようと、徹は口を閉じる。  良かった。気持ちいいみたいだ。 「一回イかせとこっか」  舌先で筋をなぞってから、徹のそれを口に含む。数えたことは無いけど、今まで何百、何千回と舐めてきたんだから、どうすればいいのか気持ちよくなれるのかは知り尽くしている。 陰茎の裏筋を丁寧に舐めると、カウパー液が滲み出た。苦味だってとっくの昔に慣れている。  しばらくしてから、徹の口から空気の漏れる音が聞こえてきた。  晴翔は心の中で笑う。  我慢しなくて喘いだっていいのにね? 「ねえ、声が聞きたい」  徹は下唇を噛んでいた。  涙目のその表情がとても可愛い。 「ほら、声を聴かせて。気持ちいいでしょ?」  反応はない。  だが、勃起したそれは十分な硬さを帯びつつあった。  「あ、」と堪えきれなくなった徹が「んっ」と鳴いた。  それと同時に口の中に苦味が広がるのを晴翔は感じた。  ドロドロの精液。苦味を丹念に味わう。  肩を揺らすような荒い呼吸。紅潮した頬。快楽に歪む顔。  射精した後の徒労感に浸っている徹の下半身を軽く持ち上げて、晴翔は後ろの窄まりに手を優しく宛てがった。意図していることがわかるのだろう。徹は「嫌だ」と首を横に振った。  恐怖は分からないでもない。  自分もかつてはそうだった。  でも、その先の快感を徹はまだ知らないから、こんなにも頑なに拒否している。  晴翔はなんとかしてあげなきゃ、と思った。  だって少し我慢したら、その先は快感が待っているから。  潤滑油として徹の陰茎から精液をぬぐりとって、慣らすように指を後孔に侵入させる。 徹は「うー」と唸っていた。聴きたいのは唸り声ではなく、喘ぎ声だ。快感に咽び泣く声だ。  唾液で濡らした唇を徹のそれに押し当てる。  肉厚の舌を徹の口内に入り込ませ、彼の舌を絡ませる。  お互いの唾液と唾液の区別が付かなくなるまで、舌と舌が混じり合う。  徹が晴翔の動きに合わせることはなかったから、晴翔は少しつまらなく感じたが、それでも気がつけば、昂ぶっている晴翔の陰茎を受け入れられそうになるまで、徹の後孔は拡張されていた。晴翔は弄ぶかのように後孔を弄りまわす。 「………はっ………あっ…………」  体内をまさぐられる異物感を息を止めてやり過ごしているのだろう。  徹はぎこちない呼吸をしている。  晴翔は徹の気持ちいいところを丹念に探し出す。ちょうどそれは人差し指と中指を押し込んだ先にあった。 「……はぁああああん……………っ…………!」  快楽の源を刺激されて、徹は思わず嬌声をあげた。  晴翔は舌舐めずりをして、「気持ちいい?」と尋ねる。  しかし、徹は答える余裕もない。  思考がずたずたに切り離されている感覚がした。  何も考えられない頭と快楽に溺れる身体。  もう彼の身体は晴翔のペニスを受け入れる準備ができていた。  了解もとらずに晴翔は勃起した自身の昂まりを当てがい、容赦なく徹の身体に押し込む。 「………んっ……………んぅ…………」  突然の異物感。手を噛んで必死に痛みを押しやろうとする徹の手をとって、無理やりキスをした。口が晴翔に塞がれて、うまく呼吸ができない。涙が目に溜まる。  気持ちよくなんてなりたくないのに、身体は我慢できない。  その矛盾が徹を苦しめる。  気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。  嫌悪感に触発されて、以前レイプされかかった時のことが徹の脳裏に浮かんでいた。  実を言えば、レイプされたというのは誇張だった。実際は押し倒されて、抱きしめられて、身体中を弄(まさぐ)られただけ。数日は悪夢に魘されたが、今は時々思い出して、記憶の底に収納しなおすくらいだ。思い出しても苦しむことはない。犬に舐められたようなものだと思って、もう水に流している。  言ってしまえば、その程度のことだったのだ。  だけど、今、あの時以上の不快感が徹を襲う。呻き声のような晴翔の喘ぎ声が耳にねっとりと纏わりつく。    気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。  何が気持ち悪いのだろう。  男とセックスしていること?  半分とはいえ血が繋がっている弟とセックスしていること?  自分が望まない相手とセックスしていること?  自分という存在が気持ち悪いものになってしまったような気がした。  吐き気がする。もう、いっそのこと死んでしまいたくなる。    どうして自分がこんな目に遭わなければならないんだろう?   「お前……頭おかしいよ…………」  徹はか細い声で呟いた。  その声に、それまで徹の体を貪っていた晴翔は動きを止める。  そして安堵したように表情を和らげた。 「そうなのかもね。自分でもなんでこんなことやってるか分かんないし。まさかあんたをレイプする日が来るなんて思ってもみなかった。でもさ、死んじゃうんだったら別にいいでしょ? だったらもう別にいいじゃん。俺とセックスしちゃおうよ。気持ちよくしてあげるからさ」    返ってきたのは自暴自棄とも取れる投げやりな言葉。  徹は再度自問する。どうして自分がこんな目に遭わなければならないんだろう?  思わず、徹の目から涙が溢れた。  その涙を拭いながら、晴翔は笑顔で言う。だけど、晴翔の目にもまた、涙が溜まっていた。 「俺さ、実は童貞だったんだ。今までずっと突っ込まれる方ばっかりやってたんだ。まあ、突っ込まれるのが好きだし、気持ちいいから別にいいんだけどさ。でも、突っ込むのってすごく気持ちがいいんだね。あんたの中すごくイイ……気持ちいい……。あんたはどう? 気持ちいい?」  そう問われるが、徹はただ唇を噛み締めるだけだった。  それは最悪な夜だった。

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