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しづこころなく 第3話
少しの間があってから、微かな溜め息が聞こえてきた。
聞こえない振りをして足を進めようとすると、聞きたくもないその先が聞こえてくる。
「中学の頃の子達じゃないから大丈夫とは思うけど……。特にあの――」
咄嗟に足を止め、ガンッ! と派手な音をさせて横にあった壁に拳をあてた。
「母さん!」
振り向きざま、これ以上ないくらいに睨みつける。誰の事を言いたいのかは、すぐに判った。判ったからこそ、その先は言わせたくなかった。母親だからって、許せないと思った。
「あっ……」
ビクッと体を強張らせ、怯えた表情を見せる。最近ではあまり見なくなったが、中学の頃は何度も見た表情だ。チッと舌打ちして、今度こそ洗面所へと向かう。
『バカやんのは、中学までだぞ』
蘇った懐かしい声に、ドライヤーのスイッチを入れながら「解ってるよ」と答える。しばらく無心で髪を乾かしていると、後ろから遠慮がちな声がかけられた。
「あのね、今夕飯の残りの天ぷらを揚げるから。よかったら弘人君に持って行って」
俺は苛立ちが残る手付きでドライヤーのスイッチを切って、振り返った。
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