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 だけど……それをぶつける勇気は無いから、机の中から教科書を出して彼と自分の間に置いた。  ―― 授業にはほとんど出てないって言ってた……だから、多分、今日だけだ。 「次は……持ってきて下さい」  至近距離に人がいるのが落ち着かなくて堪らない。  勇気を出して叶多が言うと、「ああ、忘れなかったらな」と、気の抜けたような佐野の声がすぐ隣から聞こえて来る。  それに小さく頷きながら、叶多はノートを広げるが……その日の授業は全くと言っていいほど頭に入らなかった。   *** 「ふぅ……」  部屋へと戻り、自室の中へと入った叶多は深いため息を一つ吐く。登校を再開してから一週間、結局佐野は一度も自分の教科書を持ってこなかった。  ―― 疲れた。  そればかりか、昼食や夕食まで叶多の傍を離れない。  送り迎えだけしかしないと佐野自身が言っていたのに、何故そこまでするのか分からず勇気を出して尋ねると、「放っとけない感じだから」と飄々と答えられてしまい、何も言えなくなってしまった。  ―― あんな事、したのに。  あくまで優しく振舞う彼に、心の中が乱される。いくら役割だからと言っても、こうも変わられてしまっては……どう対応したらいいのか正直全然分からない。  ―― でも、明日は休みだから……。  少しはゆっくり考える事ができるだろうと思いながら、叶多は狭い部屋の隅にある机の上に荷物を置く。  この一週間、須賀をはじめ、射矢や伊東も部屋には姿を見せなかった。きっと叶多が回復したから必要無いと言われたのだろう。  いつの間にか、ベランダへと出る大きな窓には南京錠が取り付けられ、逃げる気力などありはしないけど圧迫感は更に増した。  須賀がいつ来るか分からないからビクビクしながら過ごしていたが、二日ほど前、部屋には当分戻らない筈と佐野に告げられ、信用出来るか分からないけれど、そうなら良いと心の底から願っていた。

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