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「んっ…んぅ」
「間違えて舌でも噛んだら大変だからね。ご飯になったら取ってあげる」
額にキスを一つ落としてそう穏やかに声を掛けると、訳は分かっていないだろうに、それでも小さく頷くから……愛おしさがこみ上げてくる。
「ホント、大嫌いだったのに…不思議だね」
こんな話を唯人がしたのは、どうせ聞こえても既に叶多には理解なんて出来ないだろうと、高を括っていたからだ。
それに――もし仮に理解できたところで、彼はここから出られない。
幼い頃から巧妙に……自分だけしか味方はいないと思い込むように仕組んできた。
「蓮さんは凄いよね。父さんの気持ち知ってて、ずっと知らない振りしてたんだから……」
自分の父が愛しているのは、親友であり秘書でもある同性だと知ったのは、唯人がまだ初等部の低学年の時だった。
幼稚舎の頃に友達にしろと叶多を宛がわれていたが、その大人しい気質が気に入らず相手にもせず無視していた。それでも気にせず付いてくる彼を、煩わしい存在だとしか当時は思っていなかった。
何故父と蓮の事を唯人が知ってしまったのか?
それは、母親が出て行ったあと、使用人が話しているのを何度も耳にしたからだ。
当時はまだ幼かったから、全ては理解出来なかったが、それでも聡い唯人だったから、自分から母を遠ざけたのは叶多の父だと結論づけた。
勿論……そこまで噂になっていれば、蓮本人に届いていない筈などなく、本人に直接聞くと、困ったように微笑みながら『噂だよ』と返事をした。
『明弘と俺はずっと一緒にいるから、そういう噂は絶えないけど、絶対にそんな事はない』
―― 嘘、知ってて利用した。
『唯君、叶多はちょっと頼りないから、助けてあげてくれたら嬉しい』
―― あの笑顔に、みんな騙された。
『ずっと一緒だよ』
そう叶多へと告げた時、急に優しくなった唯人をいぶかしむような様子も見せず、差し出した手を握り返した純粋で、真っ直ぐな目に何故か心が満たされた。
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