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「……ごめん、聞こえなかった」 「嘘でしょ」 聞き間違えかなにかだと思いたかった。けれどそうではないと彼は言っている。 「……それは、脅されて?」 言葉が見つからず、忘れると言った手前で相応しくない返しをしてしまった。このタイミングは蕗口もどうかと思う。 「違う違う」 すぐに否定して、またすぐにあ、と口を開ける蕗口。 「いや、嘘ついた。あの人からは弱みを握れと言われてる。でもそのつもりはない」 バス内を流れる曲がサビへ入る。あちらこちらから手拍子やら合いの手が飛び盛り上がる中で、その歌詞に俺の頭は冷えていく。 嘘、だろうか。だってあの初対面で?分からない。黙り込む俺を窺うように蕗口は首を傾けた。アシンメトリーな前髪がその差を広げる。 「カモって言ったでしょ。好きかも。よく分かんないんだよね。だからまだ、そんなに険しい顔しないでほしいんだけど」 じゃあ言わなければいいのに。と、口をついて出そうになる。目的が分からない。蕗口がどうしたいのか分からない。かも、を強調されてごめんなさいをすることもできない。 「じゃあどうしてほしいの?」 「どうもしなくて良いよ。普通にしてて。ただ側をうろつくのを許容してほしい。アンタへの気持ちをテストするから」 普通にって言われても、素顔を見られてる以上難しい。その上で好きかもだなんて、精神的にすごくつらい。いつもの流れが目に見える。 いっそ今嫌われた方が楽だ。 「嫌って言ったら?」 「あー、そうなるとこっそりやるしかねーかな?」 返す言葉を失った。

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