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「いっ……」
たい。思わず息を吸い込む。手をついて衝撃を分散させたものの、尻もちをついたしバスタブの縁で肩をぶつけた。でも頭をぶつけるよりずっとマシだ。桐嶋はどうかと確認すれば、膝を強めに打ったらしかった。左の膝を押さえている。
「ごめん、力入り過ぎたみたい。大丈夫?」
「だいじょ、うぶ……堰こそ平気か?」
だいじょばないって言いかけたのかな、震えた返事があった後、今度は俺が気づかわれる。たぶん大丈夫と返事をしておく。
むしろ大丈夫じゃないのは万が一誰かに見られたら相当誤解を受けそうなこの状況なので、できれば早く離れてもらいたいんだけど……うつむいた桐嶋を覗き込むと、痛みに耐えてるのか目を閉じている。
「動けそう?」
「うん、うー、ん……?」
片方の瞼がそろそろ上がって動揺するように震えた後、すぐにかっと見開かれた両目が俺を捉えた。その圧力に、驚いて金縛りにあったみたいに一瞬固定される俺の体。
「やっぱりなんかお前……」
あまりにじっと見てくるのではっとし距離を取ろうとしたけれど、バスタブに阻まれて頭しか遠ざかれない。桐嶋はじわじわ上体を起こして、バスタブの縁に両手をかけた。離れるどころか追い詰められたようなものだ。
失敗した、逃げられると追いかけたくなるタイプだったのか。近い距離で見下ろされながら後悔したけれど、時すでに遅し。
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