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「ど、どうもー」
つい芸人さんみたいな挨拶をしてしまった後で、そっと背中を向けて一人で寛いでますアピールをしてみる。
「あー誰だっけ、覚えてる、覚えてるんだけど」
「名前出てこないじゃん。覚えてないじゃん」
「山田くんじゃない?」
「裕貴?」
「いや笑太」
「誰だよ」
俺の名前で大喜利始めないでほしい。向けた背中に先輩たちの視線を感じながらそのまま思い出さないでと願うけれど、ほぼ同時に「分かった!」と声が上がったので叶わなかった。
「借り物でめっちゃ借りられてた1年!」
「かくれんぼの鬼」
「佐藤!」
「え、健?」
もう佐藤ということにしておこうかな。
先輩達はすっかり体を流し終わって三方向から湯船にざばざばと入ってくる。背中を向けているだけではどうにもならずお湯に浸かるギリギリまで顔を下げてみる。なんだかくらくらしてきた。のぼせたかもしれない。
「佐藤じゃなくて堰だろ」
「借り物超モテてたよな」
「萩の寮長ご指名とかやば過ぎ。過激派に気をつけろー」
不穏な忠告が聞こえたところで本格的に頭がぼーっとして気持ち悪くなってきた。
「いやちょっと待て、もしかしてのぼせてる?」
「え、大丈夫?」
様子がおかしいことに気づいた先輩たちが顔色を見ようと覗き込もうとするのが分かったけれど、動いたらそのまま沈んで事件になりそうなほど具合が悪くて、無意識に健助を呼ぼうと手を上げた。実際には数センチしか上がってなかっただろうその手をしっかり取って、頭からタオルをかけてくれて健助が助け出してくれる。
朧げに言い合うような声が聞こえる中で体が浮いて、意識がしばらく落ちた。
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