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第1話 俺様な作家

東栄出版 小説部門 編集室は今日も怒声が飛び交っていた 激務に耐えれる人材だけが今も編集者として生き残り、熾烈な原稿取りと謂う日々に生きていた 「あ~簀巻きにして隅田川に放り込みたい!!」 のらりくらりと原稿を伸ばし続ける作家との電話を終えて叫ぶ編集者は姓を水森 名を健と謂う 「こらこら水森、物騒な事を謂わないの!」 水森の発言を止めたのは、東栄出版 小説部門の編集長をしている脇坂篤史と謂う 「だって編集長‥‥」 「文句は後で副編集長の小野田が聞きます 今は僕のデスクまで来て下さい!」 編集長の脇坂篤史の声が編集部に響き渡った 副編集長の小野田が「編集長!!嫌ですよ!」と叫ぶのを無視して脇坂は水森を呼んだ 水森は面倒くさそうに編集長のデスクに向かった 「編集長!」 脇坂は呼んだ癖して、忙しそうに用事を片付けていた 「……水森……呼んだらすぐに来なさい!」 脇坂が怒る プルプル水森の怒りは頂点に達する 「編集長、来てますけど?」 「え?何処ですか?」 水森は今にも脇坂を蹴飛ばさんはまかりに、怒り狂った顔をしていた 「………編集長……ずっと貴方の前に立っとるがな……」 地を這う声が響いた 脇坂は視線を少し落とした 水森健がちまっと立っていた 「………すみません……視界に入りませんでした…… 来たなら声を掛けて下さい」 「………掛けました!」 脇坂は水森の言葉をスルーした 「水森、君は今、瀬尾先生の担当をしてましたよね?」 「はい!瀬尾先生と香村先生を担当してます」 「瀬尾先生と香村先生は下りて構いません 変わりに西園寺一臣先生を頼みます」 「………西園寺一臣先生って言うと新進気鋭の作家の?」 「そうです!今日、これから顔見せに行って下さい 西園寺一臣先生の担当していた中野が退職しました! 後任の挨拶もなしですが……頑張って下さい」 「………あの編集長……担当者って何で退職したんですか?」 「…………個人的なことです……多分…」 個人的な事です‥‥多分、この多分が気にならない奴はいないだろう‥ 「………あの……フォローなしで放り出しですか?」 「………当分……西園寺先生の専属で構いません……」 「…………退職理由聞きたいのですが……」 「………西園寺先生の家の住所は知ってますか?」 どうしても理由は話す気はないみたいだ 水森は諦めた 「編集長、事前に電話必要ですか?」 「突撃でも構いません 直帰でも構いません 頼みますね!」 「……………編集長…」 「何ですか?」 「オレをリストラしたかった?」 どうみても厄介な作家の面倒を見させる意図を読めなかった リストラさせたいかと疑っても‥‥仕方ない状況だった 「まさか……君は苦労人ですからね 彼にそう言う一般人の感覚を教えて戴けたらと想ってるのです」 「………転職先……探しておいた方が良いですか?」 「………西園寺先生と何かあっても辞める必要はないです 君を辞めさせる気は皆無です」 そこまで言って貰えるなら…… 水森は気を取り直した 「解りました…… これから伺います」 「頼みますね……」 水森は何も言わずに頷いた PCで西園寺一臣のデータを引き出し、訪問の準備をする 準備が出来たら水森は「西園寺先生の所へ行って来ます」と言い編集部を後にした 水森を見届けて最近副編集長になった小野田亮二が脇坂に声を掛けた 「………編集長……水森で大丈夫でしょうか?」 「水森は苦労人ですから打たれ強い…… それに掛けたいと想います」 「中野は……精神病んで……退社した程です……」 「水森が駄目でしたら……君が担当して下さいね」 「………え………それは勘弁…… キャバクラ豪遊に付き合わされたり……目の前で犯るのを見せ付けられたり… 何人担当者が変わってる事が……」 「………水森は……生い立ちが特殊何です… 打たれ強い水森に賭けたい…… それで抜擢したのですが……」 「………水森は………あのニュースの子でしたね……」 「…………ええ………あの子の背負った人生は厳しい…… それでも自分の足で立ってる…… 物凄い精神力です……」 「…………何かあったらフォローします」 「頼みますね」 小野田は深々と頭を下げた 願わくば水森がこれ以上心に傷を負わない様に祈るしかなかった 会社を後にした水森は地図で調べた西園寺一臣の家の前に立っていた ‥‥‥‥門が凄すぎて家が見えないが‥‥ 「此処だよな?」 住所を書いた紙を広げて確かめる 間違ってはいないが‥‥‥家のレベルを逸脱してて‥‥水森は溜め息を着いた 西園寺一臣の家は豪邸だった 玄関から家までかなりある豪邸の持ち主だった 本宅はまた別の所にあり、此処は西園寺の為の家だと謂うから、金持ちの感覚は解らん! 水森は意を決してインターフォンを鳴らした インターフォンを鳴らすと不機嫌そうな声がした 『誰?』 「東栄社の水森健と申します 先生にご挨拶を……と想い訪問致しました」 『勝手に入って来いよ! 前の担当者から鍵は受け取ってねぇのかよ?』 「………鍵……ですか? すみません……受け取ってません」 『なら今日は鍵を開けとく 勝手に入って来い 今後は鍵を受け取って勝手に入って来い 俺の身の回りの世話をするのはお前だからな!』 身の回りの世話も? そんなの聞いてない…… だけど西園寺一臣だけの担当者と言う事は……そう言う事なのだろう 『入れ!』 そう言い声は途切れた 水森は門塀を開けて庭を横切り玄関へと向かった ドアを開けると…… ガチャッと開いた 水森は勝手に入って来い!と言われたから、勝手に入って行った 玄関を入ると長身で漆黒の長い髪を腰まで垂らし、整った顔した男が立っていた パッと見……人形みたいな端整な顔立ちをして男は…… 血が通ってないみたいだった 「………あの……」 「………ホビット……」 水森を見て男は呟いた 水森はムカッとして 「ホビット違います!」と抵抗した 「高校生のバイトかよ?」 半殺しにしたいのを押さえて堪える 「失礼な!これでも正社員です」 「年幾つよ?」 「27です」 「………嘘……中学生でも通らね?」 殺るしかねぇな…… 「………西園寺一臣先生ですか?」 「あぁ、西園寺一臣だ」 「お幾つですか?」 「24……お前より3才年下だな」 「水森健と言います」 「健か、なら健、ヨロシクな!」 やけにフランクに声を掛けられた 西園寺一臣の担当者は3か月続かない 中野は退社した程……編集の仕事を嫌った 何をしたのか…… 戦々恐々だった 「これから学園モノの時は健にコスして貰えば良いか!」 「…あのコスって何ですか?」 「コスプレ」 「………あのオレが?」 「他に誰がいるの?」 「目の前にホビットがいるからな…… SFモノも書くしかねぇか……」 誰がホビットやねん! 水森は心の中で毒突いた 「取り敢えず何か食わせて!」 「……え?……オレが作るの?」 「そう!他に誰がいるの? お前が俺の面倒を見るの!」 面倒って何処まで見ろと謂うのよ? 「俺は編集者であって家政婦ではありません」 「家政婦なんて雇うかよ! 俺のテリトリーに誰か入れるかよ!」 「貴方の口に合うのを作れるか解りませんが?」 「大丈夫だ!食えれば何でもいい」 水森はこの不毛な会話を終わらせようと想った 「………解りました…… 飯は食わせても良い‥‥‥だが掃除は嫌です 絶対にやりません!」 水森が謂うと西園寺は 「何でだよ……」と不貞腐れて謂った 「前の担当者はやってたのですか?」 「アイツは俺のテリトリーに入れるのも嫌だった……何もやらせるかよ!」 「………なら何故にオレが?」 「脇坂には言ってある 今度は俺の世話をしてくれる奴を頼むって! で、お前が回されたんだ、世話をするのは当たり前じゃないか!」 「………御飯は作るのは構わないが…… 西園寺先生の面倒を見ると謂う事は掃除も入ってますか?」 「当たり前じゃないか! 掃除に洗濯にご飯の面倒を見てくれるって脇坂に謂われてる」 「この家の掃除はご免だ」 水森は部屋数を頭で考えて断った こんな豪邸の掃除をしていたら、全部終わる前に俺の人生が終わる! 「何でだよ? 俺にゴミの中で生活しろと謂ってるのか?」 「この無駄に広い家の掃除をしろって…… どんな拷問ですか……それって…」 「………この家、嫌いか?」 「好き嫌いじゃなく! 全部の部屋掃除するだけで何年かかるんだよ? 掃除をしろと謂うなら俺は退職を選ぶ!」 水森はキッパリ謂った 「仕方ねぇな…… 担当者もこれ以上変えるなら脇坂自ら来るって言うし…… 狭い所に越せば良いのか?」 「良いんですか?」 「あぁ、引っ越す‥‥でも今すぐは無理だぞ?」 「なら俺は退職する!」 「‥‥‥仕方ねぇは、なら取り敢えず、お前の家に行くか!」 はぁ???何でそうなる?? 「……何で…オレの家……ですか?」 「引っ越すの大変やん なら手軽に移動できるのはお前の家だろ?」 「‥‥‥俺の家に作家様を呼べと?」 「そう!次のマンションを見付けるまでお前の家に住んでやるよ ワンルームでも我慢してやる その代わり俺の面倒を他の奴に任せるなよ! ましてや、脇坂を出させるなよ! 脇坂に原稿を徴収されたくねぇんだよ あんな鬼に徴収されるなら…… 多少は折れてやる」 「……では荷物纏めて来て下さい」 何でオレが…… こんな目にあうんだよ…… 水森は目眩がしそうだった だが仕方ない 編集長に頼まれたのだ 面倒を見るしかなかった こんは何部屋あるか解らない部屋の掃除をしろと言われるなら…… 自分ちに置いた方が楽だった 取り敢えず必要な身の回りのモノを纏めさせた 「西園寺先生、俺の家は此処から遠いですが、そのスーツケース持って電車の移動は可能ですか?」 経費で落ちそうもないから、電車に乗せて移動を算段する 「えー!電車ぁ‥‥嫌だ!タクシーを呼べよ」 「そんなお金は経費では落ちません! 俺はそんなお金を出す気は皆無ですから!」 ビタ一文出す気はないと水森はないと言い捨てた 「健はケチだな」 「なんとでも! 貴方の面倒は見ます ですが、食費や光熱費は請求しますから!」 「解ってるよ、ちゃんと払うよ んとに健はケチだな‥‥」 フンッ!当然だ!とばかりに水森は容赦しない 西園寺は仕方なくタクシーを呼んだ お迎えに来たタクシーのトランクに西園寺一臣の荷物を詰め込み、タクシーに乗り込む そして水森は自宅へと向かった タクシーの中で西園寺は 「お前、何処に住んでるんだよ?」と問い掛けた 「会社の近くです」 「ふうん……俺の面倒をちゃんと見ろよ」 「仕事ですから……見ます タクシー代は貴方の支払いですからね!」 「解ってるよ」 「なら良いです」 水森の顔からは底抜けに明るい笑顔が消えていた 水森は何でこんな事になったんだよ?とタクシーの中で思い起こしていた でも仕方ない‥‥無駄にだだっ広い屋敷の掃除と、管理する位なら、自分のテリトリーに入れて管理した方がまだマシだ…… 西園寺の家からタクシーで一時間近く乗った タクシーが停まったのは少しくたびれた平屋の一軒家だった 西園寺はタクシーから下りると 「この一軒家がお前の家か?」と問い掛けた 「そうです」 「……お前……高給取りなんだな……」 ボロ臭いけど平屋の一軒家に住んでるから西園寺は呟いた 「薄給ですよ この家は……慰謝料みたいなものです」 「………慰謝料?……何をやって慰謝料貰ったんだ?」 水森は無視して玄関の鍵を開けた 荷物を西園寺にも持たせて家の中へと運び込む 水森は一言も話さなかった 「どうぞ、西園寺先生」 少しボロいけど3LDKはあるであろう広さに西園寺は興味津々だった 「広いんだな」 「古いだけの家です……」 「お前一人で住んでるのか?」 「でなければ作家先生はお連れしませんよ」 「此処に住んで良い訳?」 「構いませんよ 僕で手に負えない時は編集長が出てくれるそうです 脇坂編集長を出さなくても良い様に、良い子にして下さいね」 水森が言うと西園寺はブスッとした顔をした そう言う顔をしていると年相応に見えた 「なぁ…健…」 「何ですか?西園寺先生」 「西園寺先生って家で言うの辞めてくれ…」 「………でしたら何と?」 「一臣で良いよ」 「では一臣さん、何ですか?」 「さん……も要らない……堅苦しいのはご免だ」 「解りました!一臣と呼びます」 「面倒見てくれるんだよな? それって下の世話もOKって事?」 そこまで面倒を見る気はなかった 水森は眉を顰め 「ご冗談を! 何故オレがそこまでの犠牲を負わなければいけないんですか?」と吐き捨てた 「………シタくなったら?」 「お好きなソープにでもどうぞ!」 「触って構わないか?」 冗談じゃない! 「触りたいなら家を出て行って下さい! 俺は体躯で仕事を取る気はありませんから! それがお望みならお帰りください 編集長の方には俺では荷が重すぎましたと伝えておきます」 西園寺はそこまで謂われれば下手な事は謂えないとブスッとした 「中野が退社した理由って君がセクハラしたから?」 「中野は性格が嫌いなんだよ だからソープとキャバレーを豪遊して連れ回した 行き付けのキャバ嬢とデキちまったんだよ 駆け落ちして店の奴に見付かって……脅されて…精神的に参って国に帰ったんだ 俺は手を下しちゃいねぇ」 西園寺は慌てて説明をした 「………キャバレーとかソープとかにはご一緒しませんよ?オレは! 冗談じゃない! 俺はそこまで会社に自分を切り売りしてませんから!」 水森は腹立つと、西園寺を蹴り上げた 「…痛いって健……解ってる… お前連れて歩いたら警察呼ばれるってば!」 水森はムカッとして西園寺をポコポコ蹴り上げた 「痛え!何で蹴るんだよ!」 「オレは貴方より年上ですので、お忘れなく!」 「………ホビット……」 西園寺が呟くと、水森は西園寺を羽交い締めにした 「痛いってばよぉ!」 「図体ばっかし育ちやがって……」 「なぁ、健、お前童貞か?」 「童貞だったら? …何だと言うんだよ!」 「……別に……後ろは?処女?」 腹立つ…… 水森は蹴り上げようとした すると西園寺は逃げた 「御免……蹴らないで……」 「ロクでもない事ばかり言ってると世話するの辞めるぞ! 最初から脇坂編集長出しとけば良かった」 「………健……それ止めて……」 「止めて欲しければ減らず口を叩くな! 質問に答えてやるよ 童貞でも処女でもない!」 「………え?………それって……」 「人の性生活の興味持つ暇に作品を書いて下さい」 「………ちぇっ……腹減った…」 「少し待ってて下さい 何か簡単なの作ります」 水森はそう言いキッチンに向かった キッチンに西園寺が顔を出した 「なぁ健、俺の部屋って何処?」 「何処でもどうぞ」 「お前は?何処で寝てるの?」 「………オレは突き当たりの部屋を使ってます 貴方が使いたければ他に行きます」 「なら健と一緒で良いや! 俺もそこで寝る 仕事はリビングでやる そしたらお前が帰ってたら直ぐに解るもんな」 「どうぞ!お好きに」 「………その敬語……止めねぇ?」 「………先生ですから……」 「家の中では構わねぇ」 「うし!なら飯食ったら荷物片付けろよな」 「何作ってくれるんだ?」 「チャーハンと味噌汁とサラダ」 「腹減った食わせろ」 西園寺はキッチンテーブルに着いた 西園寺の前に食事を置いて行く 一緒に食事をして、食事が終わると風呂の用意をした 西園寺と水森は同じベッドの上で泥のように眠りに落ちた 西園寺と水森の奇妙な生活は始まったばかりだった 若干、不安要素は残したまま‥‥幕を開けた

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