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先生が肩にかけていたタオルをもぎ取って、小さなテーブルに投げた。
そして、先生の腰の横に片手をついて、顔のギリギリまで近づく。
「俺がどんな気持ちかなんて知らないでしょ?」
震える声で聞くと、先生は俺の額に手を当てて、ほんの少し顔を離した。
「成瀬くん、質問に質問で返さないで? どうして引っぱったのか、聞きたい」
こんなの、なんて言えばいいんだよ。
ゆっくり深呼吸をしながら目をつぶると――額を押していた先生の手が、するりと俺の髪をすいて、後ろをなでた。
先生の表情は、悪いことをしたのが見つかった子供のようだった。
「僕だって教員生活が長いから、成瀬くんが僕をどんな風に見てるかなんて、すぐ分かった。でかけるのはなかったことにして、そしらぬ顔をした方が成瀬くんのためになるのは分かりきったことなのに……でも、まじめな子が外の世界に出られるチャンスを作れるならいいと思うことにした。もちろん、自分への言い訳だよ」
「せんせ……」
あまりのことに、思考がついていかない。
「それで僕が自分への言い訳として作り出したのが、『頼って欲しい』なんて。でも本当に最初は思ってたんだよ。最初はね」
空いていた片手でトンと俺の肩を押した。
力の抜けていた俺は、いとも簡単に、ベッドに仰向けに倒れた。
先生の手が俺の顔の両側について、見下ろしている――最初に見た夢のままの状況だ。
ただし先生の顔は、悲しそうな、切なそうな、なんとも言えない表情。
「成瀬くん、僕のこと、好き?」
「え……」
「僕は成瀬くんのことが好き」
「嘘でしょ? 合わせなくていいですよ、バレバレだったってことですよね?」
先生は一瞬口をつぐんだあと、苦笑いした。
「好意をにじませてくる生徒にいちいち合わせてたら、もたない」
よく考えてみれば、それはそうだ。
こんな若くて優しくてかっこいい先生、生徒に好かれまくってるに決まってる。
それでもこんな風に言ってくれるというのなら、俺の子供じみた気持ちにちゃんと応えてくれるということなのだろうか。
「先生、俺、先生のこと好きです。好きを通り越して……何度も何度も、想像してました」
「想像?」
こくりとうなずく。
「こういうシチュエーション、とか」
先生は愛おしそうな顔で俺の体をまたぎ、ほぼかぶさる形で、俺の首元でささやいた。
「可愛い」
ドクンと、心臓が波打った。
愛でるように俺の頭を何度もなでて、可愛いと繰り返す。
「先生」
弱々しく声を出すと、先生はまた俺の首筋のところで、そっとささやいた。
「あきって呼んでいいよ」
耳が熱くなるのが、自分でも分かる。
「ねえ、深澄って呼んでいい?」
声も出せず、こくこくとうなずく。
「じゃあ、キスするのは? いきなりは怖い?」
「怖くない」
先生……あきは少し顔を離して、子供をあやすような目で俺を見た。
「好きだよ。大事にするね」
そっと顔を近づけて、口が触れる少し前でピタッと止まり、そして、触れるだけのやわらかいキスをした。
「ん……」
くちびるが離れると、自分の心音に集中がいって、おかしいほどドキドキしてるのを自覚した。
「深澄の」
「なに?」
「深澄が『茜色が綺麗』って言って、それを『知らない世界を見たい』って言ってるように聞こえた、っていうの。あれはほんとだよ。他のことは色々自分に言い訳したけど、あれはほんとにそう思った」
あきはそう言って、俺の髪やまぶた、耳元に、小さく口づける。
「深澄は名前の通り、深く深く、澄んだ心を持ってる。僕はそんな君が好きになった」
またじわじわと、耳が熱くなってくるのが分かる。
たまらなくなって、あきのトレーナーの腕のところをギュッと掴んだ。
窓の外は、日が傾いてきている。
「夕焼けになるまで、こうしてようか」
あきが、何度かくちびるにキスをしてくる。
「俺の心臓がもたない……」
素直に伝えると、あきはよいしょと上体を起こし、俺の横に座り直した。
俺も起き上がると――起き上がりざまにまたキスされた。
「んっ」
あきは、いたずらっぽく笑う。
「大人ってずるいでしょ?」
「うん。ずるいと思った」
そう言いながらも、心地良くて目をつぶってしまう。
あきは俺のあごをつかんで少し引き寄せ、同じようなキスを何度もしてくる。
きっと俺がびっくりしないようにしてくれているんだと思ったら、途端、愛しくて仕方がなくなった。
いつの間にか、ベッドのシーツが茜色に染まっていて、横からの太陽光に綺麗な陰影を作った。
こんなかっこいいひとが俺のことを好きだなんて……夢みたいだと思った。
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