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ぴっかぴかすぎる太陽光が照り返す水面を切って、フェリーが進む。
身を乗り出すと、遠くの方に、お目当ての大鳥居が見えた。
「あき、すごいよ!」
興奮気味に振り返ると、あきは眉尻を下げて、こくりとうなずいた。
また、海の方へ向き直る。手すりから片手だけ出すと、風が気持ちいい。
「こら、手を出しちゃいけませんよ」
後ろからバックハグのように近づいてきて、出していた手をさりげなく握って戻された。
誰かに見られたんじゃないかと思ってキョロキョロしたけど、みんな景色に夢中だった。
それによく考えれば、あきの仕草はとっても自然に、子供をたしなめる大人だった。
誰も変に思わない。
子供で良かった、と思う瞬間だ。
フェリーを降りてしばらく歩くと、旅館が見えてきた。
「写真よりもすごいね」
「うん。とっても綺麗な建物だ」
あきは建築が好きだから、こういうのも見ていて楽しいんだろうなと思う。
チェックインを済ませ、仲居さんに部屋を案内してもらう。
日本庭園をつっきるように作られた廊下。
セミの大合唱を聞きながら進むと、ドアに突き当たった。
開くともうひとつ小さな廊下があって、そして目の前は、小さな家。要するに離れ。
「え、あき? ここ?」
「そうだよ」
あきの顔には『いたずら大成功』と書いてある。
竹垣で目隠しされた玄関に入ると、広い一間。いぐさの香りが鼻をくすぐる。
「お夕食は何時ごろになさいますか?」
「18:00にしてください」
「かしこまりました。こちらにルームキーを置いておきますので、お出かけの際は必ずお持ちください」
あきと仲居さんがペコペコしながらやりとりするのを、呆然と見ていた。
そして、仲居さんが部屋から出ていったと同時に、あきがぎゅーっと抱きついてきた。
「わ、苦しい苦しい」
「深澄」
慌てる俺とは対照的に、あきの声はなんだか甘ったるくて、そのまま抱きかかえられた。
部屋の真ん中にぽとっと置かれる。
「あき?」
そして、そのまま覆いかぶさってくる。
「ねえ、僕ここまでよく我慢したと思わない?」
ぐーっと細めた目で俺の口元を見つめて、親指でふにふにと触ってきた。
「このくちびるね。僕が何回我慢したか分かる?」
「キスしたかったってこと?」
「そう。何回も危なかった」
言い終わる前にあごを手で押さえられて、半開きになった口の中に、あきの舌が入ってきた。
「んっ……」
いきなり、深すぎるキス。ゆっくりゆっくり、口の中を舌が這 い回る。
「……はぁ、ぅ、……ん…」
あきが口づける角度を変えるときに、辛うじて息つぎするだけ。
酸素が足りない感じ。ふわふわしてくる。
「ん、はぁ……っ、」
空中に手を泳がせると、捕まえられて、標本の蝶みたいに畳に貼り付けられた。
逆光のあきがどんな顔をしているかは分からないけれど、吐息はひそめるようで荒い。
「……っ、みすみ」
「ん、ン……、っ、はぁ、はあ……」
舌が、するりと抜けていった。顔を離したあきは、眉根を寄せて笑う。
「ごめんね。またあとでゆっくりしよう?」
よいしょ、と言って、僕の腕を引っ張り上げる。
訳の分からないままぼーっとしてると、いいこいいことなでてくれた。
「びっくりした? 部屋」
「うん、びっくりした。離れなんて泊まるの初めて」
「サプライズ大成功。ご飯も豪華だからお楽しみに」
「でも俺、ほんとに最低限しか旅費もらってないよ」
親から手渡されたのは、交通費と宿代プラスアルファ。
「そこはおとなしく僕におごられてください」
「ありがとう」
大人になったら……初任給はあきに何かプレゼントしよう、なんて、変なことを考えた。
「神社、見に行こうか」
「うん。あ、でもその前に」
スマホを取り出し、電話をかける。
「もしもし。うん、着いた。うん。コンビニで買った。あ、いまから神社行くけど、更紗 なんかお守り要るかな。リクエストあったらメッセージ飛ばしてって言っといて。うん。じゃあ行ってきます」
夕飯はコンビニ――息を吐くように嘘をつき、通話を切って、あきの方を見た。
「さらさちゃんって?」
「妹。2こ下の。学校私立だから違うけどね」
「みすみ、さらさ。成瀬兄妹は、ふたりとも綺麗な名前だね」
妹まで一緒に褒められると、なんだかむずがゆいようなうれしさがある。
「かっこいい先生が褒めてたって言おうかな。いや、やっぱ言わない」
「いつかお会いできたらいいな」
いつか。家族に紹介する日が来るのだろうか。
あの母親が許してくれるわけがないと思う反面、あきは優しいしかっこいいし誠実だから、コロッとオチてくれるんじゃないか……なんて、バカなことも思う。
「行く?」
「うん」
立ち上がると、あきはちょっと触れるだけの小さなキスをして、満足そうに俺の頭をなでた。
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