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新幹線の改札前で、スマホ片手にキョロキョロしていた。
あきからは『もうついた』という連絡をもらっているけど、さすが夏のターミナル駅。
人が多すぎて、全然見当たらない。
仕方がないので、一旦柱のところに寄ろうと方向転換したところで、人とぶつかった。
「わ、ごめんなさ……」
と見上げたら、あきだった。
「あ、あき?」
思わず声が裏返った俺を見て、あきは左手の甲で口元を隠し、クスクス笑っている。
「深澄ってば、全然気づかないんだもの」
「え? いつから見てたの?」
「2分くらい前?」
怒ろうとしたら、手を握られた。そして、繋いだまま改札に向かって進んでゆく。
「ちょっと、見られちゃうよ」
「深澄。旅の恥は掻 き捨てっていう言葉があってね」
振り向きもせず言うあきの顔が、ちょっと照れている気がする。
あきもちゃんと旅行に浮かれているんだと分かって、素直に嬉しかった。
新幹線に乗るのなんて、中学の修学旅行以来だ。
窓の外を飛ぶ景色は見ていて飽きなくて、じーっと眺めていると、頭をなでられた。
「深澄はたまに、すごく幼く見えるね」
「え? そう?」
「何かに夢中なとき、すごく可愛い。こんな顔、他のひとの前ではして欲しくないな」
あきでもそんなこと言うんだって、びっくりした。
いつも大人だし、俺の生活とか考えとかを全部最優先してくれるから、俺に対して何かして欲しくないなんて、初めて言われた。
それもなんだか、やきもちみたいな……。
ちょっとうれしかった。
「あきは、かっこよくしないでって言ってもかっこよくなっちゃうから、手立てがない」
「何それ」
「彼女がいるって分かって逆にやる気出しちゃった子、身近にいるから」
隣の女子3人が話している、凛という子だ。
話を聞くに、かなり思い詰めてしまっているらしく、いっそ告らせた方がいいのではと女子たちがやる気を出し始めた。
知らないひとの聞きたくもない話を聞かされて、正直うんざりしている――夏休み後の席替えに期待するしかない。
「そうなの? 体感では、結構効果があったと思ったんだけどね」
「え? 体感って何?」
聞き捨てならないセリフに、目が据わる。
あきは、眉根を寄せて笑った。
「まず、若手の先生同士の飲み会に誘われなくなった」
「飲み会なんてあるの?」
「実はしょっちゅう誘われていたんだけど、ほとんどお断りしてた」
あきが外でお酒を飲んでるなんて聞いたことがないから、びっくりした。
「それから、まあ……単純に、好意をにじませてくる生徒があまりいなくなったかな」
「そういうのって、分かるもん?」
「教員生活6年目だからね。さすがにパターンが読めてくる」
これはただの想像だけど、あの指輪は、すごい破壊力だったのだと思う。
あの誰にでも優しい三船先生が、特定の誰かを大事にしていた。
ついでに、学校ではわざわざ外すほど節度ある先生だったという事実が分かったのと、そんな三船先生がうっかり指輪をつけてきちゃうほど慣れた仲であるという、ダブルパンチ。
「あきのこと好きな子のほとんどは、『三船先生のハートを射止めるなんて、さぞや美人だろう』みたいな感じで、心が折れただろうね。男でごめんなさいって感じだけど」
「そんな大げさな話じゃないよ。それに」
そっと耳打ちする。
「可愛いでしょ、深澄は」
バッと勢いよく離れた。
「ねえ、あきっ。その急にささやくの、絶対わざとやってるでしょ?」
「いやだった?」
「うー……」
やじゃない、と小声でつぶやいたあと、思い切りあきの肩にもたれかかってやった。
あきは、満足そうに俺の頭をなでる。
「あきがあんな、目立つようなことすると思わなかった」
「思ったより大反響でびっくりしたけどね」
苦笑いする。
「なんか自衛しなきゃいけないようなことがあったの?」
「そういうわけじゃないよ。でも僕って、なんだろ……深澄が思ってるよりズルい大人だからね」
「なにそれ」
あきは俺の質問には答えず、いいこいいこと頭をなでた。
車内アナウンスが、まもなく広島駅に到着することを告げる。
「着いたらどうするの?」
「すぐ宿に向かうから、また電車。それからフェリー」
フェリー。初めてふたりで行った無人島を思い出す。
「楽しみだなあ。移動も楽しいなんて、すごい楽しい旅行。そう思わない?」
俺がテンション高めに問いかけると、あきは目を見開いたままこちらを見ていて……こめかみを押さえたまま、俺の方にぐっともたれかかって言った。
「深澄のその、たまにみせる幼さはね。残酷だよ。残酷なくらい可愛い。絶望する」
「え?」
「そのままでいてね。他のひとにそんな風にはしゃがないで」
はしゃぎ過ぎたかと反省しようとしたら、あきが、天井を仰いでつぶやいた。
「早く、誰も見ていないところに行きたい」
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