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4-1 夏旅
もうすぐ夏休みだ。
と言っても、予備校にカンヅメ必至なんだけど、あきと、1泊でいいから旅行に行きたい。
そのためにいま俺は、猛勉強をしている。
夏休み直前にある予備校のテストで、国語が90点以上取れれば、1日外泊してもいいことになった。
もちろん行き先を聞かれたけど、俺は大嘘中の大嘘をついた。
「広島の原爆ドームを観に行く」
「ひとりで!?」
「うん。式典を生で見てみたい」
「そんな遠くまでひとりで行かせられるわけないでしょう」
「沖縄のひめゆりの塔だったら、ついて行ってもいいって言ってる友達いるけど」
「どうせフラフラ遊ぶんでしょ」
「うん。沖縄じゃどうせ遊ぶだろうから、俺はひとりでじっくり広島の街を見たい」
結局親が折れて、8月5日から1泊の超弾丸で、広島に行くことになった。
しかし誤算は、親が新幹線の早割チケットを買ってしまったため、本当に行き先が広島になってしまったことだ。
[広島でもいい?]
ついさっき、勉強の合間に送ったメッセージだ。
既読がついたあと、ほどなくして、URLが送られてきた。
旅行情報サイト。ずらりと並ぶ、ホテル一覧。
[いますぐ決めないと予約取れないよ]
見ると、8月5日は空きが残りわずか。
そりゃそうだ。日本中から人が慰霊にくるのだから。
実は、親がホテルまで決めようとしていたので、それは必死で断った。
旅のことはなるべく自分で決めたい、そういう体験もしたい……とゴリ押しして、最終的には父親の援護射撃でOKが出た。
決まったらホテルの名前を教えなさいと言われていて、これをどうするかで悩んでいる。
適当なホテルの名前を言ってしまうと、母親が確認の電話をする可能性がある。
かと言って、日本庭園のある旅館にひとりで泊まるなんて言ったら、怪しまれることこのうえない。
でもできれば、温泉であきとゆっくりしたい……という欲も出てくる。
[親に怪しまれないで和風旅館に泊まる方法ある?]
さすがに考えているらしい。しばらく経ってから、返信が来た。
[ここどう?]
貼られているのは、激安素泊まりプランから豪華な離れの個室まで、バリエーション豊かな温泉旅館。
なるほど。安く素泊まりするということにして、普通のプランに申し込めばいいというわけだ。
[天才]
[もう予約取っちゃうよ?]
[お願いします!]
スマホを閉じ、再び教科書に向か……おうとしたけど、どうにもこうにも集中できない。
旅館のことを調べる。
「厳島 かー……」
海の中の巨大鳥居で有名な、厳島神社のそばにある温泉旅館。
広島の中心地から1時間半はかかるらしい。
よく考えれば、広島市内に温泉があるわけないし、和風旅館というチョイスをした時点で、遠くなるのは仕方なかった。
単純に『素泊まりで安いから』と言い訳するのは、ちょっときつい。
5分ほどネットサーフィンして、厳島神社には、学業の神様・菅原道真が祀 られていることが分かった。
学業成就のご利益があるらしい。
道真公にあやかりたいと言えば、受験生の親なら良しとしてくれるはず。
案外、広島は良い選択だったのではないかという気がしてきた。
「やば、勉強しよ……」
新幹線も宿もとって、それなのに90点が取れなかったら終わりだ。
スマホの電源を落とした。
ほぼ毎週恒例になりつつある、土曜日昼過ぎまでの小デート。
きょうの行き先は、大型書店だ。
「ひっろしま、ひっろしまー」
旅行ガイドコーナーで棚にかぶりつく俺を見て、あきが笑った。
「そんなに楽しみにしてくれてるの、うれしいな」
俺はぱっと振り返って、ニコニコするあきを見上げた。
「だって、泊まりだよ? そんな夢みたいなことある……?」
「深澄が国語を頑張れば、夢が現実になるね」
「あう」
大前提を思い出し眉間にしわを寄せると、あきがちょっとかがんで、俺の耳元でささやいた。
「がんばってね」
こんなところで優しくするのは……ズルい。耳が熱くなる。
「がんばります」
早口で言って離れようとしたら、あごをつかまれた。
抗議する間もなく、キス。
目線だけで『何するの!』と怒ると、あきは肩をすくめて、あさっての方を向いた。
でも、その首筋のラインがかっこいい。
「ダメだ、あきに勝てない……」
「何が?」
「好きすぎて、勝ち目がないんだよ」
あきはキョトンとしたあと、
「よく分からないけど、じゃあ、ずっと負けてて?」
そう言って、もう一度キスしてきた。
カフェで、買ってきたガイドブックを開いた。
「結構色々遊ぶところあるんだね」
「1泊だから、そんなにたくさんは回れないと思うけど」
初日は半分くらいは移動になるだろうし、神社や島の中をぷらぷら見たり、のんびりごはんを食べるくらいかなと思う。
それに、せっかくだから……夜はイチャイチャしていたいという、丸出しの下心もある。
「6日の追悼式典は8:00からだから、朝食をとったらすぐ出ないとだね。そのあとは市内観光かな」
「絶対お好み焼き食べたい」
「そうだね」
旅行はまだまだ先なのに、想像しているだけで楽しい。
「深澄は」
「ん?」
「最近、表情が豊かになったよね」
「え? そう?」
両手で頬をはさんでみる。あきは、腕を組んでクスクスと笑った。
「学校とは全然違う顔してる」
「あー、それはそうだよ。あきといたら楽しいもん」
学校や家では『いままでどおり』を貫いているから、本当に、あきと一緒にいるときだけがナチュラルな自分だ。
「あきだーいすき」
「可愛い」
頬をつつかれ、くすぐったくて笑ってしまう。
本当に、この人のために、絶対に90点をとらなければ……。
そして運命の予備校テストで、俺は、自己最高の97点を叩き出した。
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